T42 と RFK | 追憶の骨 (bones)

追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。



先日、とても印象深いテレビ番組があった。

それはNHKの、「BS世界のドキュメンタリー」、題名は忘れてしまったが、その内容は痛烈で現代的、実に素晴らしい企画だった。

「どうして経済成長しなくちゃいけないの…?」

アメリカ郊外に住むおばあちゃん2人が、その答えを求めて、大学の講座に行っては追い返され、ニューヨークでの大企業のパーティーに押しかけては、叩き出されてしまう。

しかし、番組の要所には経済成長について、重要な示唆や説明がなされていて、その結果、大変興味深いドキュメンタリーに仕上がっていた。

<追 記> その番組はこれです。

 「BS世界のドキュメンタリー」
  はつらつおばあちゃんが行く!
    孫たちにより良き世界を

    (原題) Two raising grannies
          / ノルウェー 2013




話は変わるが、今年の9月は、実に秋らしい爽やかな日が続く。

こんな時には、少し古めのジャズ・ヴォーカルが聴きたい。秀逸なメロディと甘い歌声に身を任せたい、悲しすぎず、はしゃぎ過ぎず、に。

で、こんな曲を選んでみた。


Tea for two / Doris Day  1950

思わずにっこりしてしまうような、この秀逸なメロディ。単なる音符の羅列を超えた、美しい音楽の旋律は、昔あったような「幸せの形」を思い起こさせてくれる。これが「豊かさ」なのだ…、そんな確信に満ちてくる。

Doris Dayの声、中低音が利いているのに、消え入るような繊細な高音が切なく響く。そして、ふわふわの真綿に包まれたようなソフトな音圧感は、今の録音技術では出せない「ローテク」の賜物なのかもしれない。

映画のワン・シーンのこの動画、実に悠長だ。

これが映画だという事はわかっていても、それでもなお、現代には感じられない「豊かさ」を感じてしまうのは、気のせいだろうか?




ドキュメンタリーに話を戻そう。

番組の冒頭、おばあちゃんたちは、ショッピングセンターに買い物に行って、すっかり疲れてしまう。「だいたい、要らないものが多すぎるの。」、それが彼女たちの経済成長への疑問の始まりだった。

そして、彼女たちは経済成長について調べ始める。その場面で出てくるのが、1968年のロバート・F・ケネディの演説だった。

短い演説なので、ぜひ読んでほしいと思う。


Robert F. Kennedy challenges Gross Domestic Product 1968


アメリカのGNPはいまや年間8000億ドルを超えている。

だが、そのGNPの内訳には、大気汚染、タバコの広告、高速道路からの多数の遺体を撤去するための救急車も含まれる。

玄関のドアにつける特性の錠と、それを破る人達の入る監獄も含まれる。セコイアの伐採、節操無く広がる都市によって失われる自然の驚異も含まれる。

ナパーム弾、核弾頭、都市の暴動で警察が出動させる装甲車も含まれる。それに……子供たちのオモチャを売るために暴力を美化するテレビ番組も含まれる。

それなのに、GNPには子供の健康、教育の質、遊びの喜びの向上は関係しない。詩の美しさ、結婚の強さ、市民の論争の知性、公務員の品位は含まれない。われわれの機知も勇気も、知恵も学識も、思いやりも国への献身も、評価されない。

要するに、GNPが評価するのは、生き甲斐のある人生をつくるもの以外の全てだ。そして、GNPはアメリカのすべてを我々に教えるが、アメリカ人であることを誇りに思う理由だけは、教えてくれない。

「これからの『正義』の話をしよう」 マイケル サンデルより引用

僕はこの演説を読んだ時、正直、少し涙ぐんでしまった。

それには、ふたつの理由がある。

ひとつは、「政治の世界に、こんな言論があったんだ」、という感動から。そしてもうひとつは、「それは失われて、今はもう存在しない」という、喪失感からだ。

「GNPで詩の美しさは評価できない」

… サイコーにカッコいいじゃないか!!

そして、今はもう、こんな言葉は、どこにもないのだ。



GDP(GNPの今の名称)では世界第3位の日本、国民幸福度は最下位ランクにある。経済成長だけを追い求めてきたこの国には、今、ファシズムの大波が押し寄せている。世界情勢から考えて、後戻りはできそうにない。

「どうして経済成長しなくちゃいけないの…?」

おばあちゃんたちは知っているのだ、かつての「豊かさ」を…。

それはDoris Dayの歌声のような、

「幸せの形」をしたものなのかもしれない。


<おわり>