こんにちは、ボーンズ88です。
「あれっ、『日曜日、午後の…』、じゃないの?」
すいません、どうしても今、書きたい話があるんです…。
「現代のベートーベン」
先日、全聾の作曲家、佐村河内守さんの全作品が、実は別人の手による作品だった、というニュースが流れましたね。その内容については他に譲るとして、僕は今回、その音楽について、一度書いておきたいと思いました。
事件全体については、「どんな事情があろうと、嘘はいけない。」という、その一言。ただ、現代の音楽事情を考えると、心情は理解できなくもない…、です。
曲をちょっと聴いてみましょう。
交響曲第一番 "HIROSHIMA" 第三楽章 / 佐村河内守 2003
発売年を調べるために、検索したら、これ再び売れてるみたいですね。
僕はクラシックに関して、大した知識も「耳」も持ち合わせていません。しっかり聴くのはモーツァルトとベートーベンとショパンぐらい。ただし、一通りのものは、何回か聴いている、そんな程度と思ってください。
「交響曲」と「サウンドトラック」の違いは何か?
ベートーベンの「運命」とNHK大河ドラマのテーマ曲、その違い…。
それはあるのか、ないのか? あるとしたら、それは何か?
この作品、僕、聴いたことあるんです。CDショップの試聴機で。ジャケット見て思い出しました。結構大々的に置いてあったんですね、当時。でも、さすがに全然覚えてないので、youtubeで探して、再度聴いてみました。
これは優良な「サウンドトラック」だ。
当時、僕は買わなかったし、恐らく今も買わない。それは、この音楽が自分にとって「サウンドトラック」、大河ドラマのテーマ曲みたいに聴こえてしまって、興醒めするからです。
情景的な表現が目の前で流れていくだけ、他人のバカ騒ぎを見ているようで、音楽が僕の中に来てくれない。目立つ演出感、これ見よがしの打楽器や不協和音にすぐに飽きが来ます。
しかし、客観的に聴けば、この曲は実に良くできています。
情景的な表現が出せるだけで、音楽としての価値は十分あると思います。感情移入しやすいメロディも随所にあります。ライブで聴けば、この演出もいいのかもしれません。
もちろん、「交響曲」が「サウンドトラック」より優れている、なんて言うつもりはありません。19世紀につくられた交響曲でも駄作はいくらでもあります。
例えモーツァルトにしても、交響曲十何番???みたいなコンサートに行くなら、この"HIROSHIMA"を聴きに行った方が、何倍も楽しめるのかもしれませんね。
…じゃ、僕の中で、「交響曲」とは何なの?
「普段、自分の中に眠っている、美や感情を呼び覚ますもの」
この曲にはそれがない。
今回真面目に考えてみたんです、「サウンドトラック」との違い。これが的確かどうか、そんなことを考えながら、これから音楽を聴いてみるのもいいかもしれない、そう思います。
もちろんこれは、僕の感覚です。
お好きな方を非難するつもりは全くありません。この曲は、実際よくできています。感涙するに十分な出来だと思います。僕が好きじゃない、それだけのこと。
ただ…
「現代のベートーベン」
これは、いただけませんね~。
音楽的に非なるもの。
嘘はいけない。
<おわり>



