「そこに自分の考えはあるか」③ | 追憶の骨 (bones)

追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。



クラシック音楽のCDは買うのがとてもめんどくさい。
同じ曲なのに、演奏者によって中身が全く違う。

「ベートーベンの第九」だけで、一体何種類あるんだろう??

できれば、「名演奏」と言われているものを買いたい…。

普段活字の情報、評判などを全くインプットしない僕も、
クラシックに限っては、そうもいかなくなってしまった。

 §

まず初めに見たのは、ショッピングサイトの評価コメントだった。

やはり、人気のありそうな指揮者やソリストの
タイトルには多くのコメントが集まっている。

しばらくコメントを読む。何タイトルも読む。


… おまえら、一体何物なの???


  §

評価コメントは、個人のインプレッションだ。
ルールを逸脱しなければ、その内容は自由でいい。

しかしだ…、

中に、どこかの評論家の文調さながらに、やれ「精神性」だの
「崇高」だのと語る御人の多いこと…。それも恐らく年配者だ。

長年クラシック音楽を愛聴してきたのだろう、
音楽雑誌や単行本を購入し、読みふけったに違いない。
音楽に付随するその言葉に共感し、感銘を受けていく。

何年も、何年もだ…。

 §

音楽から何を感じ、それをどう表現するのか。
これは本来、個人の自由領域のはず。

しかし、そこに自分の言葉がないのだ。

長年愛読した評論文に浸食されて、いつの間にか
言葉も感性も、第三者に乗っ取られてしまったみたいだ。

クラシック音楽愛聴者の悲しい末路である。

 §

結局僕は、従来の自分のやり方通りに、
数か所のサイトで膨大な枚数の試聴を繰り返し、
とある「モーツァルトピアノ協奏曲全集」を買った。

最後にものを言うのは自分のカンと、そして価格だ。
10枚セットで3,000円は、素人には十分な魅力なのだ。
そしてこのセットは大当たり、今聴いても充分素晴らしい。


こうしてクラシック音楽に入り込んでしまった僕は、
モーツァルトや、「名盤」についての知識が少し必要になった。

そこで柄にもなく図書館に向かってみることにしたのだ。


<④につづく>

※ サイトの評価コメントには有益なものも多数ありました。