ヴァン・ヘイレンでさえ伝わらない | 追憶の骨 (bones)

追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。



実を言うと僕にはベンチャーズが理解できない。

以前ちょっとだけギターをコピーしてみたことがある。
よくできたフレーズ、当然有名なメロディ。

当時の世相を楽しそうに語る、自分の親世代。
「エレキ」がどれだけ物騒でそして革新的だったか、想像はできる。

レコードだって聴いたし、映像だって何回かは見た。
でも、やっぱり、この感覚に入っていけない。

時間の壁である。

 §

経ってしまった長い時間に思いを馳せる。


You Really Got Me / Van Halen  1978


今回はエディが天才だ!、という話ではない。

例えばギターを持って、机から飛び降りたことはないだろうか?
バンドのメンバーとカメラの前で変なポーズをキメたことは?

当時のヴァン・ヘイレン、「ぶっとび感」とでもいったらいいのか。
圧倒的な存在感、革新的なギター、70年代HRへのアンチテーゼ。

 §

今回の本題はここからだ。

恐らく、ヴァン・ヘイレンの「ぶっとび感」は、今では理解されない。
曲がかっこいいとか、ギターがすごいとか感じるやつはいるかもしれない。

でも、ギターを自分でマスキングペイントするようなやつは現れない。

もう「当時の感覚」は伝わらない。

僕は、「当時の感覚」が過去へ埋もれていくことについて
現代に何かを訴えたり、感傷的に語りたいわけではない。

ただ、「当時の感覚」は実はとても貴重なものであること。
そして、それは追憶の中でしか再生されることはない。

だから僕たちは追憶についてよく知る必要がある…、

そう思うのだ。


<おわり>