"Now and Here" や「いまここ」「今を生きる」なんて言われても、よくわからなかった

とりあえず一所懸命やること?

一所懸命?

一所?

ひとところ・・・・

あー、そうか、同じことなんだ
目の前の一つのことに集中すればいいのか


なんだか複雑になってしまった生きることを、ここで一度リセットしてみよう

ただ目の前のことに一所懸命になろう


スピ系のあるブログはいつもいい話をしているのに、そのブログ主の講演会に行ったら、高いものを売り込んでたという話題があった。

売り込んでいたというのは誤解で、講演者はただ勧めただけのようだ。


その金額が高いか安いか。

ある人は高いと思った。

別の人は正当な値段だと言う。



ふと思った。

何かが自分にとって高いとは・・・・・


自分にはもったいないということ?

自分にはその価値がないということ?



「いや、そうじゃない。
そのモノ自体に高い金額に見合う価値がないということだ」

そう反論されるかもしれない。
そう考えるのが普通だ。

でも、本当にそうだろうか。

じゃあ、金額が安かったら、どう思う?

安いなら手に入れようと思うかもしれない。


例えば、
10万円なら高くていらないけど、
1000円なら欲しいって。

それは本当に欲しい物なの?

自分には10万円の価値がないけど、
1000円の価値ならあるって

そんなふうにどこかで思ってはいるのかもしれない。


そしてそう思っていると、
10万円は高い、1000円はちょうどいいという現実が自分の周りに展開される。


自分には10万円の価値があると思えばそういう現実が、

1億円の価値があると思えばそういう現実が、

無限の価値があると思えばそういう現実が、

自分の周りに展開してくる気がした。




苦しいときがあった

自分がだめでどうしようもないと思った
良い本を読んでいろいろ分かったつもりになっても 実際の生活では思うようにいかない
自分の感情がコントロール出来なかった

そんな過去の自分が 今は愛おしい

苦しみ 悩み もがき 泣いた

その時の私に声をかけてあげたい

大丈夫だよ
見守っているからね

だめだと思っていたときの私を
一所懸命生きてて素晴らしいと思う私がいる

また苦しいときが来たら

今度はわかっている

大丈夫だよ
見守っているからね

その声が心の中に聞こえるから




赤い眼鏡をかけると、世界が赤く見える。

全部赤なのに、その眼鏡をしばらくかけていたら、赤色がどんな色かわからない。

他の色がないと、赤が赤であることに気づけない。


世の中、善ばかりでないのも、そういう理由なんだって。

ふだんあまり会わない友達からお裾分けを届けたいと電話がある
彼女が友達関係で悩んでいることは噂で聞いてたので、お裾分けは口実だと感じた


すぐに会いに行った

ハーブティーを飲みながら ゆっくり過ごした

小さなしあわせを拾い集めて二人で宝箱に入れた

キラキラした粒たち

光に照らされて、虹色に光る

涙さえもキラキラの粒になる


宝箱のふたは開けたままにして しばらくキラキラを眺めよう

胸の中がキラキラでいっぱいになったら

そっとふたを閉じて大切にとっておこう

そして まわりが暗くなったら開けてみよう

きっとまぶしく光るから