今日は
平成23年4月1日
震災から3週目……。
3周目と書いた方がいいのかな?
あと何周したらゴールテープを切れるのか……。
地震・津波・原発・風評の四大被害……。
未だに放射能汚染により捜索出来ない地域には500~1000名の人々がいます。
被害を免れて捜索が再開される事を身を削る思いで待っている家族が沢山いると思うだけで……。
やりきれません。
そして待ち望む家族も避難所生活を余儀なくされている現実。
悲しいです。
涙は枯れると思ってましたが……涙は枯れないんですね……。
毎日毎日
涙が流れてきます。
この悔し涙が止むのは まだまだ先になりそうです。
岩手県、宮城県、茨城県、栃木県、千葉県、そして福島県の皆さん!!
地球上のみんなが応援してくれています。
みんなで頑張っぺない





今日の昼前頃に会社近くの国道を走っていたら いわきナンバーの車が私の前に見えて来ました。
軽自動車の後ろには山積みの毛布が
被災者の方が別な避難所に移動する途中なんだと思いました。
偶然でしたが、私がコンビニに入ると、その車も駐車場に入ってきました。
1週間前に比べたら、大分品数が増えた店内を物色し、喉アメとガムを購入していると先程の車の方が、隣のレジで昼食を購入しているようでした。
精算を終えて、レジ脇のキャッシュディスペンサーで私用処理をしていたら、その方々がカップヌードルにお湯を貰えるか店員さんに聞いてました。
私は店の外に出て、店の前で一服していました。
先程の方々がお湯の入ったカップヌードルを持ちながら、店を出て車に乗りました。
その光景を見ていたら、胸が締め付けられてしまって一声掛けてしまいました。
こんちわ 車で食事するなら家すぐ近くだから 家に来ませんか?(実際はなまって話してます)
いきなり格闘家みたいな男に声かけられて焦って遠慮していましたが
いいから遠慮しないで、すぐ近くだから。移動する間にラーメンも出来るから来てと強引に我が家に案内しました。
私が、こんな性格だから、母は慣れたもんで、いきなり連れて行っても事情を察し急な来客を接してくれました。
その方々は、まだ新婚と言ってもいい若い夫婦でした。
昨日までは郡山市内の大きな施設の避難所に居たそうですが、人数が多すぎてストレスが溜まって限界寸前だったので、別な施設を目指して移動する途中だったの事。
色々な話をしましたよ。
久しぶりに自分達の声と相手の声がはっきり聞こえたと言ったのが印象的でした。
今晩泊まっていってもいいと勧めたが、さすがにそれだけはと断わられましたが、シャワーは喜んで使用してくれました。
シャワーしている間に、私の本業である、彼等の車を各部点検しました。
バタバタと3時間程のプチホームステイでしたが、別れ際に涙がまた溢れて止まりませんでした。
今日で3週間ですね!避難地区内が解禁になったら戻りますから、その時は寄らせてもらいます。
頑張りましょうね
励ますつもりで
少し休んでほしくて
無理やり連れて込んだのに
言葉に出来ない程の日々を過ごしてきたはずなのに
逆に励まされてしまいました。
そうだない 早く 戻れっといいない。本当に いわき に戻っ時は寄っせない。遠慮しっさんなよ!
頑張っぺない
と彼等の車を見送りました。
彼等は新潟県を目指してみるとの事でした。
被災後3週間、終息するどころか止まったままの福島県。
散り散りと福島県を離れる福島県人を思うと やりきれない気持ちですが 今日出会った次世代の夫婦に福島県の復興のバトンタッチが出来るように 今働ける福島県人は必死で頑張る決意を改めてした
悪夢の始まりから
3周目の1日でした。