ウチヤマ少年が極真空手に没頭している時、





正に、その時代とオーバーラップする形で、





「バーリ・トゥード」というマーシャル・アーツの新しいムーブメントが誕生した。





グレイシー柔術が、自らのマーシャル・アーツが最強なり、と





プロモーションする為、全米各地で「アルティメット・ファイティング・シップ」





という大会を開催し、日本から空手家、市原海樹が日本人として初参戦した。






彼は例えば「目をくり抜かれる」「耳を千切られる」という、





大凡の痛みを想像したそうだ。





しかし結果は惨敗した。





そしてウチヤマ少年が、そのポテンシャルの高さを感じさせるのは、




子供にして既に、空手家が何も出来ず惨敗した理由を理解していた。





勿論、その時、彼は言語として「其れ」を表現する力を彼は持っていなかったが・・・。





結局、妄想は、何処まで逝っても妄想でしかない。




事が起きる前に想像する必要など無い。




常に何事にも対処出来る自分であればいい。




所詮、状況など常に変化し続ける。





現実は「制約」の中に存在する。






それはまるで、人間が産まれた時から重力のストレスから逃れられないように・・・。





無に帰せば、「其れ」は存在しない。





結局は「肉体」を使って表現する事でしかないのだ。





バカボンのパパなのだ。





41歳、否、「現実」を「制約」の中で表現する以上、




ノールールと言えど、「制約」は存在する。






要は「其れ」を味方にするか、しないか、だ。





制約=ルール





ゲームをする為には、まずルールを理解しなければならない。





そして、ゲームは「そのゲーム」が何たるか?を、より深く理解している者が制する。






ただ単に、そういう事だ。






元来は前田光世が伝えたモノ、そう、日本のモノだ。




日本人として、自分が日本を理解していれば、恐るるに足らぬ事。






ウチヤマ少年は、雑木林の中で、まるで八百万の神々と対話するように、





いつの日か「我こそは最強なり」という事を証明するその日まで、




確信を秘めたるモノとして、心の奥にしまった。






動機を知れ。





悪い種からは、悪い実しか実らない。





良い実が欲しければ、不純な動機で「其れ」は有り得ない。






そう・・・ウチヤマ少年はグレイシーが利益の為、





利害として、ただ盤面を広げようとしている事を理解していた。







「俺に負けは有り得ねえ」





ウチヤマ少年は、そう静かに呟く、





完全に右翼思想的な「変な」子供に成長していた。















続く