~雑音に耳を澄ませば・・~

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平穏な毎日ってなんだろう。

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借金返済が終わって2回目のお給料日を迎えた。


もう返済にお金が消える事はないのだという


安堵の気持ちを味わうのも2回目。


来月は誕生月だし、数年ぶりにお洒落して出かけて


みたい気分になった。



バツイチ、恋人ナシ、友達ナシの私は


とにかく出無精。



ありがたいことに、この性格のお陰で借金返済に


追われた金欠期間中も、


ショッピングに行けない!というフラストレーション


とは無縁だった。


むしろ借金を理由に、出無精の自分を肯定的に


受け止めることが出来ていた。


「今は服だの靴だの買ってる場合じゃない」


この思考で、会社以外どこにも行かない生活を


送ってきた。


もともと一緒に出かける相手なんていないし、


会社には制服があるから服の心配は無いし、


仕事帰りにドラッグストアに寄り道すれば、


日用品は揃うし。


休日に出歩くと無駄遣いするので外出は控えてきた。



「貯蓄が出来ない月」があっても、


直ちに問題は起きない。


が、「返済は出来ない月」というのはあっては


ならないから。



そんな生活を何年も続けてきたので、私は完全に


お洒落の仕方がわからなくなってしまった。



今日、数年ぶりに洋服を買いに出かけた。


安物の部屋着しか持っていないのに、来月推しの


ライブに行く事になったので慌てて探しに


出かけたのだ。



1000円以内のTシャツにジーンズ。


これが定番になっている人間がデパートで


服を選ぶことは正に大冒険に等しい。



値段に圧倒され、店員の馴れ馴れしさに困惑し


私は疲労困憊で逃げ出してしまった。


何が自分に似合うのか、どんな色を選べばいいか


そんな基本的な部分がもうわからなくなっていた。


節約生活が、色んな感度を下げてしまったようだ。



私は推しのライブ当日までに、まともな服を


入手できるのだろうか。






借金返済が終わって2回目のお給料日を迎えた。


もう返済にお金が消える事はないのだという


安堵の気持ちを味わうのも2回目。


来月は誕生月だし、数年ぶりにお洒落して出かけて


みたい気分になった。



バツイチ、恋人ナシ、友達ナシの私は


とにかく出無精。



ありがたいことに、この性格のお陰で借金返済に


追われた金欠期間中も、


ショッピングに行けない!というフラストレーション


とは無縁だった。


むしろ借金を理由に、出無精の自分を肯定的に


受け止めることが出来ていた。


「今は服だの靴だの買ってる場合じゃない」


この思考で、会社以外どこにも行かない生活を


送ってきた。


もともと一緒に出かける相手なんていないし、


会社には制服があるから服の心配は無いし、


仕事帰りにドラッグストアに寄り道すれば、


日用品は揃うし。


休日に出歩くと無駄遣いするので外出は控えてきた。



「貯蓄が出来ない月」があっても、


直ちに問題は起きない。


が、「返済は出来ない月」というのはあっては


ならないから。



そんな生活を何年も続けてきたので、私は完全に


お洒落の仕方がわからなくなってしまった。



今日、数年ぶりに洋服を買いに出かけた。


安物の部屋着しか持っていないのに、来月推しの


ライブに行く事になったので慌てて探しに


出かけたのだ。



1000円以内のTシャツにジーンズ。


これが定番になっている人間がデパートで


服を選ぶことは正に大冒険に等しい。



値段に圧倒され、店員の馴れ馴れしさに困惑し


私は疲労困憊で逃げ出してしまった。


何が自分に似合うのか、どんな色を選べばいいか


そんな基本的な部分がもうわからなくなっていた。


節約生活が、色んな感度を下げてしまったようだ。



私は推しのライブ当日までに、まともな服を


入手できるのだろうか。






わずか3日で360万円の借金を抱え、


2年9ヶ月近くかかって返済を終えた経験者として


言える、

一つの真実。


それは



借金がいくらあっても、命を放棄してはいけない


という事。


というより、


たかが借金と、命を代償にするような選択とを


同じテーブルに並べて考える事自体


すでに大きく間違っている。



色々な事情があったことだろう。


私のようにロマンス詐欺に引っ掛かった者もいれば


ギャンブルや浪費を止められなかった者。


会社の存続の為に、誰かや何かを守るために


やむを得なかった者。



もちろん、己を省みる必要はあるが、


それはあくまでもこれからの自分への戒めであり、


すでに起きた過去を自虐的に反芻する為ではない。


ひとりSMプレイから得るものなど何もない。



もうダメだと思ったら、ぜーんぶ捨てて臆せず逃げよ。


これに尽きる。



逃げることは責任を放棄することだ!



と一見正論めいた主張を振りかざす者もいるが、


そういう声の大きい者ほど、実は日常的に


同調圧力に苦しんでいるものだ。


追い詰められた人間の退路を塞ぎ、その人間が


壊れていく様子を遠くから見ることが


唯一の娯楽でもあり、


抑圧された己の心を慰める数少ない癒しなのだ。



そんなモブキャラ達の期待に応える義理はない。


自分の人生に、モブの意見は要らない。



本当の責任放棄は、自分の未来を粗末にすること。


それだけはしてはいけない。


他のことは自分じゃなくても誰かがうまくやるから


気にしなくていい。



借金なんて、煙草の副流煙みたいなものだ。


あんな有毒物質をわざわざ風下に立って


まともに受け止めなくていい。


自分の立ち位置をずらしてかわせばいいのだ。



私は結局救済措置のお世話にはならなかったが、


当初は司法書士に依頼するつもりだった。


調べていると意外にも社会は、


借金で人生が壊れかけている人に対し


そっと救済の手を差しのべてくれている。



貸金業をビジネスにしている企業も多くあるので


彼らから利息収入を奪うような制度を


大々的には広報しづらいのだろうが、


最近はYouTubeでも広告を見かけるほど認知される


ようになってきた。



もうダメだ、と思ったら、臆せずこれらを活用すれば


いい。


確かに、数年間の制約を受けるし、自己破産すると


官報にも公告される。


が、だからどうした。


自分の持つ人間関係の中に、官報を頻繁にチェックする


人間が果たして何人いる?



クレジットカードが5年間作れないなら、


お金の使い方を根本から見直せばいい。


生きることにかかるお金は、実はそんなに多くない


とすぐに気づくはずだから。



借金なんかただの金の問題にすぎない。


残りの人生、一切仕事をしないというケース


を除けば、誰もが何かしら働いて収入を得るのだから


お金は必ず循環する。


だからこれからも生きよう。


この地球上で、一緒に。


東京オリンピックの閉会式直前に


大型テレビを買った。


25万円という大金をテレビに費やしたのは


人生初の経験で、


ついでにサウンドバーも購入予定だった。


次にこんな大きな支出をするのは一体何年先に


なるのだろう


そんな事を考えたりした。



それから1ヶ月後。


私は700万円を失った。


当然、サウンドバー購入どころではなくなった。


皮肉なことに、私の全財産はテレビ1台を残して


全て消えた。



絶望の中で任意整理について司法書士に問い合わせ、


警察に被害届を受理してもらうために


数回出頭したり、もう見たくもないLINEのやり取りを


証拠として全て写真撮影された。


それらを、ただでさえ忙しい仕事の合間を縫って


同時進行しなければならなかった。




ストレスで食欲は失せ、1ヶ月で体重が5キロ減った。


マスクのお陰で傍目には分からなかったと思うが、


当時の私は頬がげっそりと痩せこけ、


まるで大病をしているかのような


土気色の顔をしていた。


会社のトイレで鏡を見るたびに、


どん底に落ちた人間を目の当たりにして


息をするのも苦しかった。


同僚が、キャンプだ旅行だとはしゃいでいる横で


私は消費者金融への返済と、金策に奔走していた。



誰にも迷惑をかけずに生きてきた。


むしろ困っている人がいれば、自分が損をしても


構うことなく助けてきた。


そんな私は騙されて全財産を奪われたのに


他人に仕事を押し付けて好き勝手やってる連中は


誰にも咎められず時間もお金も自由に使えて、


一体世界はどこまで不公平なのか。


結局、騙された私が馬鹿なだけなのか。




今も答えは得られない。この先もわからないままかも


しれない。


でも、生活にかかるコストを強制的に圧縮したことで


私はある事に気づいた。


それは、必要だと思っていた出費の大半は


実はただの浪費だということ。


これじゃなきゃ無理!


と思っているものも、探せばいくらでも代替があり


ネームバリューや固定観念に囚われるのは


損だということ。



そしてもう1つ。


今がいくら平穏で安定していても、


その安心は明日崩れるかもしれない砂上の楼閣に


過ぎないということ。



何年も会社員として勤め、給料日のたびに


一安心する生活に慣れると、それがずっと続くと


思い込んでしまう。


この世に不変なものは、きっと何一つない。


だったら私も、いつまでも同じ場所に


留まっていてはいけない。



いつまでも下ばかり見ていないで


顔を上げなければ。


いきなり上を向くことは出来ないけど


せめて視線だけは前を見よう。


変わらなければ。



失ったものは色々あったけど、


過去と引き換えに、私は大きな気付きを得た。



あとはこの気付きをどう活かすか、だ。