最終更新が2011年ってわたくしはお幾つでした?今以上に脳内お花畑で羨ましい限りなのですが。ご無沙汰しております、思い立って此方に長文を投げ捨てるキーボーです。久々な癖に挨拶もそこそこで本題に移ります。わたしのやる気が失せぬ内に。まあ脳内整理の為のチラシ裏みたいなものなので、支離滅裂は悪しからず。
この前の黒バスアニメを観ていて、「無駄な努力なんかない!」云々の話をしていてもやったので、ふわっとその話題をば。ちなみに黒バスはアニメしか観てないので詳しいことはわかりません、あと以下黒バス全く関係ありません。黒子くん批判じゃない、わたし黒子くんかわいいと思ってる。オヤユル~~~~~~~~
ものすごいながい反省会だこれ
持論から言えば、無駄な努力はあります。
無駄な努力を努力と形容するのが正しいかは定かではありませんが、本人が努力と認識しているなら、努力という言葉が適当かと思います。この場合の努力は行動を起こすことのみに重点を置いていて、そこからの=成長に繋がっていかないもののことを指します。まあ即効性のあるものではないので、一概に言えないのですがそういうものは一旦置いておいて戴いて。
では何故行動が発展に繋がらないのか?
一発で突き落としますがセンスです。才能。才能というものは一般的に「他人より一つ抜きん出る先天性のもの」を指しますが、ここで言う才能はもっと根本的に集中力、探究心、好奇心、観察力などのことですね。纏めると「一から十を抜き取る力」と言いますか。これだと考えています。
例えば(職業柄踊りでの説明です)唯手を上に上げる振りがあって、これを1カウントとします。先生は腕を上に持っていくだけの振り、と説明してさも一のように扱いますが、実際これに必要な要素は脇の伸び、反対側の肩の処理、指先の素敵な表情、目線、真ん中に確実に立っていられる軸、姿勢etc.となります。これらが一つに纏まるから一なのですが、まーこれらをすっ飛ばすことの多いこと多いこと。(ブーメラン)この1カウントを一と見るか十と見るかが大きな垣根な訳です。所謂'踊っている状態'が十だとすると、'動いている状態'が一。と言えばわかりやすいでしょうか…。この動いている状態で満足しているのか無駄な努力ということですね。一は一ずつしか積み上がらないというアレです。目的にも因りますが。
では努力とは?自分は現状、ないし結果だと思っています。大会で賞を取ったりするような成績ではなく、自らの完成度ですね。正しい観察で素早く作り出し自らに取り込んで更に吟味することを呼吸するように行います。それらが何周して上手になればそれが結果ではないでしょうか。やったねたえちゃん!努力が実ったよ!これが最初から出来ていたら年数と実力のギャップがもっと小さかった筈(小声)まあそれも答えの為の経験値だと言われればそれまでですが。
と、言うわけで持論まとめと再確認でした。いい加減器用になりたいです。これはとても狭い範囲での経験談を元に構成されているので、全てではありません。ご理解くださいまし。此処までお付き合い戴いた方はありがとうございました。
