すきなもの
「俺の好きなものは周りも好きで当たり前」
なんて思ったことは「無い」。
むしろ、俺の好きなものは
「周りに受け入れられなくて当たり前」
だと思ってる。マジで。
だから、俺は、
好きなものがたくさんあるにも関わらず
あまりそれを周りに勧めない。
好きな理由ってのが明確にある。
つーか、好きな理由が「明確過ぎて」引かれると思う。
または、好きな理由がぶっ飛びすぎてて理解されないとか。
まぁ「好き」に限らず、
意志(意思じゃなくて)が介在するものには必ず理由がある。
「なんとなく」ってのはない。
好きな理由をしっかり捕まえているからこそ
安易に否定をされたくない。
肝は「否定」じゃなくて「安易」の方ね。
だからこそ、
周りから「安易に」好きを押し付けられたくもない。
仲良くしているものが好きなものであっても
俺が「好きになる理由」がなければ決して好きにはならない。
喩えば、
愛する人が「愛してやまない何か」を
俺も無条件に愛するかといえば、答えは否だ。
「大は小を兼ねる」的な「下世話」は絶対に違う。
百歩譲って、俺が好きなモノを
愛する人がすべて好きになってくれるのならば、
俺も全力で、相手が愛するものをすべて愛するための
「理由を見つけよう」と思う。
否定と肯定は常に紙一重。
いや、紙一重とか真逆とかではなくて、
「立ち位置」の問題に過ぎない。
その気になれば、どうとでもなる。
うん、普段、その気にならないだけのこと。
モチベーションがあれば、その気になれる。
でも結局、
好きを押し付ける人は、
相手の好きなんぞ平気で踏みつぶすものだ。
それを知っているから、
自分の好きを披露したりしない。
それが俺の分別であり、
誰にも迷惑はかけていない筈だ。
だから、
俺が誰かに自分の好きを押し付けることがあるとするならば、
押し付けられた相手ってのは、
相当俺から信頼されてるってことなんだろうな。
…ん。
このクダリは与太話かもしれない(´∀`)
まーいっか。

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へたくそ!
必要な嘘をつけないバカ正直者って、
ほんっとに人を傷つけるよな。
中途半端な嘘しかつけないってのは、
「仕事ができない」ってのと限りなく似ている。
覚悟も目的意識も無く
「なんとなくやる」的な。
だから場当たり的だし、
まずもって、責任を感じることもないから
テキトーに遣りっ放しにする。
嘘に責任を持つ人は大好きだよ。
たとえやりたくないと思っても、
「必要だと認識したからには、やる。」
ってことだから。
仕事も同じだもの。
だから、
キチンと嘘をつける人は「おそらく(※)」好きだ。
バレる嘘しかつけない人は嫌いだ。
そゆこと。

photo by wiggin
※ なぜ「おそらく」と書いたかと云えば、
バレない嘘をつかれたなら「気付けない」からだ。
キッチリ騙されたら、嘘をつかれたと認識出来ないわけで
その人を好きになるか嫌いになるかって分岐点に到達出来ないのだ(゚Д゚)
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