つきつけられる | wiggin's truth

つきつけられる

実社会に於いても
嘘つきってのは全然怖くない。
嘘をついている自覚のあるヤツってのは
結局のところ、幾許かの謙虚さを持ち合わせているし、
恥も覚えている。

怖いのは
偽りを纏っていることに気付いていない人々だ。
嘘をついてはいないと胸を張りつつ
有り様が偽りのカタマリの様な人々。
これは実に怖い。

極論を語る者は概ね
自己の有り様というものを自覚していない。
外から見たら
誰にでも判る宝物をぶら下げているにも関わらず。
俺から見たら、
全くもって過分としか云えぬものを抱えているにも関わらず、
それを無視して「持たざる者」を標榜する。
清貧ぶる。

大切なもの、
いくらでも抱えているだろうに。
たくさんの幸せな既成事実を抱えているだろうに。

何故に
持たざるものに極論をつきつけようとするのか。

貴様は
つきつける「それ」に見合う様な存在なのか?
俺の他愛ない日常にさえ苦言を呈するほど
「恵まれていない存在」なのか?

それをつきつけることに恥を覚えないのかな。


俺はさ
ぶっ壊れてもひたすら働くことしか出来ぬ
酒以外に何の楽しみも持たぬ
毎日椅子で寝落ちる
ただのオッサンさ。

とは言え
そこに義なり、理なりがあるならば
満身創痍でも応えるくらいの甲斐性はあるつもりだが。

だがね、
無いでしょ?
義も理も。

矛盾やら、偽りやらを孕んでるでしょ?


ホントにビックリするようなことを言い放つよな。
ホントに極論だ。
こちとら何の意図も無いのにさ。
ゆるーく生きてるのにさ。
(ガツガツ生きるバイタリティーが枯渇してるってこと解かれよ、いい加減)
余裕が無いから、緩く生きる以外の選択肢が無いうってのが正味だがな。



マジで
無自覚な偽りってのは怖いな。うん





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