音の解体新書 | wiggin's truth

音の解体新書



♪Now Playing♪ "Space Oddity"/ Best of Bowie (2006) / David Bowie, #nowplaying #withWhisky #GBR #Rock #ClassicRock | http://www.last.fm/user/YHWH



デヴィッド・ボウイのヨーロッパ版ベスト盤。
たぶん、現時点で最高技術を駆使してるリマスター。

うん
確かに、聴こえる。
今まで気付かなかった音が、ハッキリと耳に届いてくる。

しかしだ、
全然、よくない。


音の分離は最高。
各パートの音が微に入り細に入り理解できる。

しかしだ、
これはリマスターとかリビルドではない。
これはもはや、ミックスとは言い難い。
どう考えてもミックスではなく、// スプリット //である。

ミックスってのは、曲ってのは
「カタマリ」だと思うんだよ。

コイツは、解剖だよ。
パーツごとに切り刻んで、各部品を単体として陳列している。


確かに、オーディオとしては完結するだろう。
しかし曲としては、音楽としてはどうであろうか?

ミックスってのは、その曲を成立させる「コンセプト」ありきだ。
前に出したい部分、奥に引っ込めたい部分、
ハッキリと聴かせたい部分、聴こえなくとも察して欲しい部分、
それらをカタマリにして成立させるのだ。


全てのパーツを、同じレベルで聴かせる。
それってば、本来は「手抜き」であろうよ。

オーケストラだって、
「全てのパートを同じ音量で聴かせる」なんてのは論外だ。
そんなもんはオーディオであって、音楽では無い。
そんな馬鹿なことをするコンダクターは居ない。



デヴィッド・ボウイのこのミックスを聴いて、
「何でもかんでも聴こえさえすればいい」というものでは無いな、
と痛感する。

「曲」というものに感動するために、
細分化された全てのパーツを知る必要は無い、ってこと。
カタマリとしてのバランス。
それが肝要かと思う。



もちろん、それが解るならば
そのコンセプトは「音楽だけに留まらない」と知れる。

ある人物を知るために、
全ての要素を同じ音圧に圧縮し、
更にスプリットしてさらう必要は無い。

何を主張したいのかを聴き取り
カタマリとして理解する。
その人という存在を「バランスとして理解する」。



そこを意識すればこそ、
音楽だって人だって読み解ける。
そして、本当に愛せる。


全てのものを、「雑多なデータ」に還元してしまっては
情緒を解することは出来まい。

もちろん、情緒を解すると称して
雑多なデータ集めばかりしていたのでは意味が無い。

不要なデータに終始しては、
ひたすらに無味乾燥で支離滅裂になるだけだ。



そんなことに思い至った、
空腹な夜(´∀`)