根無し草 | wiggin's truth

根無し草

 
すぐ消えるものに
拠り所なんて無い。

時として世間でもてはやされる「儚さ(はかなさ)」なんて概念は、
俺にとってはファンシーに過ぎない。

べつに情緒をとらえる能力が低いわけでも、
ワヒサビがわからない訳でもない。

泡のように消えてゆくものを惜しむ気持ち。
俺は、それを「楽しめない」
いやむしろ、容認できない。
惜しむ気持ちがあるのなら、
それを消さない努力をする。
足掻く。

俺の根源たるロジックは単純だ。
生き長らえること、
生き長らえさせること。

この世に「存在する」こと=「生」

脊椎動物の生命維持活動だけが「生」ではない。
この世に「存在する」全ての物質、そして「概念」が生である。
言葉も生命そのもの。

生の間引きがそこかしこで起きている。

宗教的な生の捉え方、
菜食主義者の生の捉え方、
動物愛護団体の生の捉え方、
いろいろある。

まぁそれはいいとして、
人が生の儚さを云々するとき、
俺は、「そんなモンは娯楽だ」と思う。
儚さを憐れむことを「楽しんで」いるのだ、と。

生が消えてなくなることは、本気で悔しい。
だからこそ、生き長らえる、生き長らえさせることに腐心する。
そのために最も有効な手段を模索する。

それを邪魔する存在とは決して相容れない。
俺には、ファンシーなんぞ通用しないんだよ。
目的意識が単純且つ強力過ぎるのでね。



俺は、消えないものが好きだよ。






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