事実と真実 | wiggin's truth

事実と真実


「事実と真実の違い」について。





主観によって(時間軸によってでも可)流動的なのは事実にすぎない。


一方、真実ってのは極めて客観的なものであり、
個人の評価で勝手にこねくり回されるような性質のものではない。
ある意味安心で、ある意味残酷なものではないのかな。
その「揺らぎの無さ」故に。


自分の都合、
またはその日の気分でクルクルひっくり返るような
場当たり的な価値観を「真実」と思い込んで
それに翻弄されるような生き方なのに「賢い」と勘違いしてる人も
確かに(たくさん)いる。


目をそらす、忘れ(た振りをす)る、場当たりな嘘をつく等の
特殊技能を持った人達は、ある意味、賢いのかもしれない。
まぁ正直なところ、そんなモンは賢いのではなく「小賢しい」と俺は思っているのだがね。
だって、「意図的健忘症」を「前向き」とか言われたくないんだもの。



事実ってのは「解釈のひとつ」だ。
だから、他の人から観れば嘘かもしれないし、
同じ確率で、そこには真実が含まれているのかもしれぬ。


でも、真実ってのは解釈の余地が無いものだ。
// 誰から観ても //「それは正にそれ」の筈なのだ。


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真実とは明白でシンプルなものであるが故、
ほとんどの人に理解可能であると思われるが、
理解力が極端に低い人もいるだろうし、
品性の問題で理解することを拒む人もいるだろう。
だから「誰でも」と言い切るのは明らかに語弊がある。
この場合の「誰でも」とは、
「真実とは何か?と云う問いについて真摯に向き合おうと思う人」
と云う前提が必要かも知れない。
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だから「私だけの真実」ってのは矛盾をはらんだ言葉なのだ。
「未だに誰も発見し得なかった真実を見つけた」
と言うのならば話は別だが、それでさえ「私だけのもの」では無いのだ。
何度も言うが、真実は客観的なものなのでね。
私だけの真実、ってのは概ね「私だけの既成事実」に過ぎない。



そんなモンに振り回されるのだけは御免だな。俺は





























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"Of Fire, Wind & Wisdom"/ Spirit/ Eluveitie


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