国連の話 暫定統治機構の明石康氏と事業再生 | 職業、肩書、お金、家族あなたは何がほしいのか?

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社会人になってから10年で、上場・未上場企業と企業役員・社長業を経験したが現在無職。
たまには休むことも必要だ。信ずれば、道は拓くはず。いままでの経験を棚卸し、次に進むために、ブログを始める。

謙虚に、自分らしく、自分の生かす場を見つけるために書きます。

また、テレビネタ。
テレビ東京で、国連の話をしていた。明石康氏のの話がとっても響いた。彼は、カンボジア和平に貢献した人物だったようだ。僕は、明石氏の名前を知ってはいたが、何をしたのかは良くわかっていなかったので、非常に新鮮であった。

カンボジアの平和、平和といってもピンとこない。日本は平和なのだと思うのだが、どういう状態が平和なのか多分、人それぞれに答えがあるんだと思う。カンボジアにおいてはカンボジア人にとっての平和の形、国の形がそこにはあるんだと思う。しかし、そのカンボジア人の中でも意見の対立なり、文化的・宗教的をふくめた対立やコンフリクトがあったからこそ、紛争や内戦があり、それがゆえにカンボジアという国に不幸な歴史があったのではないかと想像する。
そんななか、国連という組織において、カンボジアの暫定統治機構のトップを務めた。

このポジションは、僕にとっては、企業再生のトップに似たものを感じた。もちろん、一営利団体である企業と国家とは規模も複雑さも求めるものも格段に違うだろうが、僕は企業というのは単なる営利団体以上のものがそこにはあると思っている。そこには従業員の生活があり、取引先、仕入先の人間がいる。国の統治者とは似ても似つかない部分があるとは思うが、国家の最大かつ絶対的な使命は国民の生命と財産を守ることだ。
一企業の統治者としてのトップも、従業員の生活を守ることも一つの使命であるとおもう。←まあ、カッコよすぎるけれど。。。。。。

さて、そんな大役を引き受けた明石氏であるが、彼のアプローチは非常に参考になった。
彼は、平和の意味を選挙に求めた。国民による、国民のための、国民の選挙をそこに行った。もちろん、選挙がおこなわれることによってその国がすぐに良くなることはない。けれど、国民が自らの意思で、ジャッジを下した。自分たちが被害者で、耐えることを強いてきた人々が自らの意思で、自分たちの国を作っていく、そんな一歩をカンボジアが踏み出すために、彼は尽力をした。日本では選挙に行く人が少ない。前回60%を切っていたような気がするが、カンボジアでは90%を超えた投票率を獲得した。武装勢力もいる中、中には脅しに選挙にいくのが命にかかわるような人がいる中で、90%もの投票率を得た。
日本の戦後は、米国に憲法も国政のあり方についても、箸の上げ下げまで強制されたという人もいるが、民主主や自由だったり、その国のあり方だったりはその国民が決めることが最大の正当化だと彼は思っているのだろうと思った。
彼にとってはカンボジアは、他人の国だと思う。でも、自分の国と同じくらい愛していたと僕は感じた。

自分も企業再生の人間として、その会社におりたったことがあるが、いつでもつぶせるんだぞと高圧的にいって成功した事例は一つもない。本当に会社にとっていいことは何なのかを貫くことで成功の確率は高くなる。
どの状況であろうとも、自分ではなくその対象にとってのベスト、ベストがなくてもベターなチョイスをどこまでも追及していけるかを軸をブラさずに貫けることができる人間性が、物事の成功を左右すると確信を深めた。

でも、世界を舞台に仕事を行っている人はやっぱり凄いなと思った。