自分の中の当たり前 | percとpianoのにっき

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パーカッションとピアノについて。


わけわかんない文章になってしまいました。



でも、これが精一杯考えたこと。



部活って、こんなにむずかしいもんなんだ。



一人でぴあのやってたときは、こんな問題にぶつかることなんてなかった。。。



複数でやるか、一人でやるかっていう違いで、「楽しく」音楽をやるっていうのは変わんないってずっと、おもってた。



やってるときは、みんな、楽しいんだって。



おんがくやってて、楽しくない人なんていないんだって。



ずっとおもってた。



深く考えることもなく、そんなこと、自分の中では、当たり前のことだと思ってた。



でも、ちょっと考えればわかることだった。



中学の時、音楽の時間。



歌の授業が大嫌いだった。



器楽とか、音楽鑑賞は大好きだったのに。



歌うのが、苦手だから。



だから、合唱の曲の伴奏を必死で練習して、



たまに伴奏やらせてもらってた。



その時だけは、苦じゃなかった。



歌のテストの日とかは、学校にいきたくなかった。



何度も、逃げそうになった。



そんなことを考えたら、



吹奏楽やってても、



みんなが楽しいわけじゃないってこと



すぐわかることだった。



最初、パーカスのおもしろさがまったく分からなかった。



管楽器を吹きたかった。



でも、今はパーカスやっててすごくたのしい。



自分の場合、努力したらその分だけ結果がすぐに返ってきた。



最初に伸びるタイプだった。



始めてすぐ、自分の音楽の世界は、吹奏楽のおかげで何十倍にも広がった。



いろいろ仲良くしてもらって。



人生で一番、部活にいる時、今が、たのしい。



自分にとって初めての、



大勢の前で、



音楽を通して、



自己表現ができて、



認められて、



本当に頑張って、



風邪の時でも元気でいられる場所。



だから、つづけられたのかもしれない。



でも、もし、そうじゃなかったら。



たとえば、吹奏楽部じゃなくて



合唱部とかだったら。



きっと、辞めてた。



止められても、やめてた。



そう考えてたら、



自分の中の「あたりまえ」は



他の、ちょっとだけ条件が違う人からすれば、全然当たり前じゃない。



他の人からしてみれば、その考えは、当たり前なんかじゃない。



理解なんて、到底できっこない。



だって本当は、当たり前じゃないんだから。



当たり前だと、思い込んでただけで。



そんなこと、押し付けられたって、どうにもできっこない。



でも、続ける価値はあるとおもう。



大人数でやる音楽には、なんかチカラがあるから。