一筋縄にはいかない映画(初見ではストーリーを追うので精一杯w)でした。
娘の自殺から始まり、悦子(母親)が語った長崎の思い出、佐知子とその娘真理子との出会い、原爆、差別...。猫のシーンは衝撃でした。
二階堂ふみは妖気的な雰囲気を醸し出していて存在感がありました。
ストーリーは母親の長崎での回想録が主でしたが、母親の話が虚実入り混じりノスタルジック、幻想の世界と相まって50年代の長崎の街並みも綺麗でした。「遠い山なみの光」(A Pale View of Hills)はそんな心象風景、感傷を優しく包むようなタイトルに感じました。
原作はカズオイシグロで幼少期長崎で過ごした自らの体験も反映しているそうです。
カズオイシグロは映画化の際は原作に忠実にしないように監督に助言したそうです。小説原作の映画で失敗するのは小説に忠実だからとか。小説を映画化したいと思わせたもの、かけがえのないものを映画にする。それが物語の本質だから....うーん、なるほど。
悦子の回想録では長崎で原爆の被害にあった経験を直接的に語ることがなく、ニキ(娘)も「私は長崎を知らない」。話を聞いたとしても当事者でなければその苦しみは分からないのかも知れません。
映画では悦子が佐知子に語らせたかった事、感情は真に迫っていて心にくるものがありました。佐知子、夫、義父はクライマックスで存在自体があやふやになってしまったけれど、カズオイシグロのインタビュー記事を見て、実際にはいた人達だけれど、悦子が語る時、悦子の心情がその人達に投影されていたという方が僕もしっくりくる気がしました。