将来的に子どもは欲しいけれど、さまざまな事情ですぐに妊娠・出産するのは難しいという人、今すぐに子どもが欲しいとは思わないけれど、将来の自分がどう思うか分からないという人。女性の社会進出が進む一方で、妊活に取り組む年齢が上がっていることも、少子化の原因の一端となっている。  そんな中、東京都では2023年9月よりいくつかの条件を満たす18歳~39歳の女性に対し、卵子凍結にかかる費用への助成が開始。助成金申請には想定を超える人数の応募があったとも発表されており、人々の卵子凍結への興味関心の高まりも感じる。 「しかし、多くの女性は不妊や卵子凍結の現状や、クリニックの選び方などの知識に乏しい」と語るのは、浅田レディース品川クリニックの院長・浅田医師。正しい知識がないままだと、せっかく凍結した卵子を無駄にしてしまったり、凍結に適した年齢を過ぎてしまったりと、様々なリスクが。認知が広がってきたからこそ、今知りたい「卵子凍結の真実」を、長年不妊治療に携わり続けてきた浅田義正医師に語ってもらった。

「卵子は新しく作られない」女性も知らない、妊娠率の真実

 早速卵子凍結に関して質問しようとしたところ、浅田医師から「まず最初に、卵子がとても特殊な細胞だということをご理解いただきたい」とアドバイスが。 「男性の精子は、人が生きている間身体の中で繰り返しつくられていく細胞ですが、卵子は違います。卵子のもとになる細胞は、女性がお母さんのおなかのなかにいる時に一度だけつくられます。誕生時に約200万個ある卵子のもとになる細胞は、これ以降増えることはありません。思春期になると約30万個くらいまで減り、第二次性徴以降に一定の割合で目覚め、卵子として成長します。  つまり30歳の女性であれば、30年前につくられた卵子が、毎月排卵されていることになります。 見た目は若い卵子と変わりませんが、卵子としての機能、とくに受精後の機能障害が少しずつ増えていき、その後の細胞分裂や染色体分離等がうまく進まなかったりするため、結果的に妊娠しづらくなります。 すべての卵子が一度に機能を失ったりするわけではありませんが、年齢と共に徐々に妊娠する力が弱まり35歳ごろから顕著に妊娠率が下がってきます」  つまり、昨今巷でささやかれる「卵子は老化する=機能後退していく」という話は本当のことなのだそう。けれどそこに付随する情報の中には、間違った認識が含まれていることもある、と浅田院長。 「女性の年齢とともに卵子の機能障害が増えていくわけですが、世の中にある不妊関係の情報誌や書籍の中には、生活習慣や食生活の改善によって卵子の老化が予防できる、と発信しているものもあります。けれど、あれは真っ赤なウソです。妊娠後、健康な赤ちゃんを生むためには、もちろん必要な栄養を取って、健康な生活を心がけるべきですが、妊娠率はその時持っている正常な卵子数で決まるので、健康状態とは関係ありません。  妊娠率に関係があるのは、持って生まれた卵子の数や、免疫系の持病や女性系の癌になったことがある人など、身体環境で減りが早くなっていないかどうかなど。AMH検査を受ければ、現在残っている卵子数を調べることもできます」  AMH検査を行えば、発育過程の卵胞の数や量を推測でき、卵巣の中に卵子がどのくらい残っているかを調べることができる。卵子凍結を検討する前に一度AMH検査も行って、現在の妊娠可能性を知っておくのもいいだろう。

 

「凍結すれば安心」とは限らない

浅田医師

 身体の中に残り続ける卵子の機能後退は止められないが、卵子凍結すれば、より状態のいい卵子を残しておくことができる。しかし、卵子凍結にもいくつかの注意点があるのだそう。 「1つでも卵子を凍結できれば、いくつになっても妊娠できるというわけではありません。自然妊娠する方でも、卵子10数個につきやっと1回妊娠できるくらいの確率ですから、できるだけたくさんの卵子を凍結しておく必要があります。採卵する時にどのくらいの数が取れるかは運次第といったところもあるので、1度やれば安心、とも言い切れません。とはいえ採卵費用は高額なので、きちんとした刺激をして、1度の採卵でたくさんの卵子を採ることができるクリニックを探しましょう」  浅田レディースクリニックでも、卵巣に残っている卵子数が少ない場合は、数度採卵を行う場合があるそう。それに、せっかく多くの卵子を凍結することができたとしても、私たちがまだ窺い知れないリスクもあるという。 「私のクリニックで行っているガラス化法という凍結方法では、受精卵の場合99%以上の確率で生き残ります。卵子は身体の中で最も大きい細胞で、いい加減に凍結すると解凍した時に細胞が死んでしまうんです。特殊な凍結技術が必要で、卵子凍結が世界的に実用的になってきたのは、2005年くらいのことでした。  卵子凍結は、不妊治療技術の延長線上にあります。受精卵を凍結保存するため、停電時のバックアップ等が整っている施設を選びましょう。凍結された卵子の融解後の生存率が高く、体外受精できちんと結果を出しているクリニックを探すことが重要です。未成熟卵を採卵しても受精はしないため、体外受精できちんと結果を出している施設であれば、成熟卵を採卵できる技量があるといえます」  不妊治療の保険適用化や助成開始によって、最近になって不妊治療を始めた、卵子凍結を始めたというクリニックも増えている。卵子凍結はクリニックによって費用感が異なるイメージがあるが、卵子凍結や不妊治療に関する症例数が少ないクリニックに行ってしまうと「想定外のリスク」に巻き込まれる可能性もあるので、注意したいところ。たとえば、地震や停電などで電力源が供給されなくなれば、せっかく凍結した卵子が解凍されてしまい、使いたい時に使用できなくなるというリスクも。凍結した卵子の保存環境について公式に公開されているかどうか、専門医が何人常駐しているか、不妊に関してどのくらいの知見があるクリニックなのかなど下調べをしてから、卵子凍結を行うクリニックを決めた方が良さそうだ。

 

卵子は「凍結して終わり」ではない。自身の妊活時期をしっかり見据えよう

それだけではなく、せっかく凍結した卵子を使わないままに、妊娠適齢期を過ぎてしまうというパターンも少なくないのだそう。 「凍結した卵子と健康な精子を顕微授精すれば、いくつになっても受精できる可能性はありますが、たとえば50歳を超えてくると、子宮内の環境が変化してしまうので、受精卵を子宮内に戻しても、早産や流産のほか、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病など高齢出産のリスクが高まります」  せっかく卵子を凍結しても、結婚しないままに適齢期が過ぎてしまったり、結局使わずじまいになってしまうということも少なくないという。卵子を凍結した後も、凍結のためのランニングコストを払い続ける必要があり、たとえ助成金制度を使ったとしても、お金がかからないわけではない。卵子凍結をした後も、妊娠適齢期に合わせた妊活を意識したいところだ。  最近は著名人にも「卵子凍結をしている」と公言する女性もおり、一気に認知が広がった卵子凍結。そのメリットは大きいものの、注意点がフォーカスされることはなかなかない、と浅田院長。「助成金が出るから」と気軽に考えすぎず、まずはAMH検査を受けたり、信頼性の高いクリニックを探して、今後の人生設計を踏まえながら検討しよう。