2020年から続くコロナ渦で、40代、50代、60代の結婚、再婚希望者が増えている。リモートワークの推奨や、飲食店、商業施設、レジャー施設などの時短営業、人数制限利用などで、人との接触や行動が制限される中、1人で部屋にいることに猛烈な孤独を感じたからだろう。しかし、40代、50代、60代の結婚は、とても難しい。 仲人として、婚活現場に関わる筆者が、毎回婚活者に焦点を当てて、苦労や成功体験をリアルな声とともにお届けしていく連載。今回は、1度結婚に失敗した54歳女性が、昨年の緊急事態宣言明けから婚活を開始。このたび、再婚を決めた。その決め手となったのは何だったのかを追いながら、中高年の再婚について考えていこう。

■20代、30代で2度の婚約破棄を経験  淑恵(仮名、54歳)が、入会面談にやってきたのは、昨年の緊急事態宣言が明けて、6月に入ってのことだった。小柄のスリムな体型にふんわりと巻かれたロングヘア、モノトーンのおしゃれな服をまとい、年齢よりもずいぶんと若く見えた。  聞けば、1年前に離婚をしたという。相手は、やはり結婚相談所で出会って結婚した1つ上の男性だった。  「結婚生活は、10カ月でした。そのときが、人生で初めての結婚でした」

 50歳での結婚は、晩婚だ。とはいえ、それまでには、2度ほど結婚を考えた男性がいたという。  「1回目は、20代後半のときです。3年ほどアメリカで生活をしていたので、そのときに婚約したアメリカ人でした。日本で暮らすことになったので、私が先に帰国。ところが、遠距離になったら、“言葉もわからないし、日本で暮らすのはやっぱり無理だ “と、婚約を一方的に解消されました」  2回目は、30代後半のときだ。  「彼の実家が、家族で会社を経営していたのですが、結婚の準備を少しずつ始めていたときに、倒産をした。多額の借金を背負うことになって、彼から、『こんな状態では、結婚できない。時期を見たい』と言われました。私は支えていくつもりだったので、その後も連絡は取り合っていたのですが、彼は借金返済に追われて精神的余裕がなくなっていた。『一緒にいることが、つらい』と言われて、徐々に疎遠になっていき、結婚の約束も自然消滅的になくなりました」

 

 

 その後は、恋愛はするものの、結婚まで至るような関係になれる男性に巡り合うことはなく、歳を重ねてしまった。  「20代、30代の頃は、生活をしていれば、自然に恋愛できる相手に出会えた。ところが、40歳を過ぎてからというもの、出会いがほとんどなくなった。私は、アロマを扱うお店で働いているんですが、年収は270万円ほど。お給料が上がる見込みもなかったし、1人で歳をとっていくことに不安を感じて、50歳になったときに、思い切って結婚相談所に入ったんです」

 しかし、50代での婚活は、想像以上に厳しかった。  「驚いたのは、50代でも60代でもお子さんを望んでいる男性が、多いことでした。そうした人たちは、当然子どもが産める年齢の女性を希望していたので、私はターゲット外でした」  そこで、初婚者でも子どもを望んでいない男性、子どもがすでに社会人になって独立している再婚者をお見合いの候補者とした。50歳から63歳くらいまで、2年間で30人近くお見合いをしたという。

 「2人ほど真剣交際に入った方がいたんです。1人は、年収900万円のバツイチ、57歳の男性でした。お子さんは、27歳と25歳で、2人とも独立していました。条件は申し分なかったのですが、ものすごくこだわりが強くて、クリーニング店はどこに出す、食材はここのお店で買うと決めていて、下着やシャツのたたみ方にまで、彼のルールがあったんです。一度彼の家にお邪魔したときに、簡単な手料理を作ろうと、私の家の近所のスーパーで食材を買って持っていったんですね。そうしたら、『どこのスーパーで買ってきたの?  ああ、あそこは食品の管理がずさんなんだよ。あそこのスーパーの食材は、今後は買わないほうがいいよ』と言われて。この人と結婚したら、すべて彼のルールの中で生活しないといけないと思ったら、ものすごく窮屈に感じて、その後に、“交際終了“を出しました」

 

 2人目の真剣交際に入った相手は、プロフィールに年収1200万円と書かれていた自営業者(63歳、当時)だった。  「ベンツに乗って、ブランドもののスーツを着て、一見すごく羽振りがよさそうでした。ところが、結婚の話を詰めていったら、7000万円の借金があるというんです。そんなに借金があるなら、ガゾリン代や車税の高いベンツになんて乗らなければいいのに、見えっ張りで手放せない。私に経済力があるわけではないし、63歳で7000万円もの借金がある男性と結婚して生活していく自信が持てなかったので、交際終了を出しました」

■年の近い「普通の好条件男性」と結婚したが…  紆余曲折ありながら、出会ったのが元夫の浩(仮名)だった。彼は初婚だったが、子どもはいらない人だった。  「ごく普通のサラリーマンで、年収は600万円。ご両親がすでに亡くなっていて、10年前に買ったという分譲マンションに住んでいました。『それまで自分で貯めたお金と親の遺産とで5000万円の貯金がある』と言っていました。年齢も1つ上で、結婚するには好条件。出会って1カ月後には真剣交際に入り、そこから1カ月後に婚約しました」

 ところが、婚約後に家計の話をしたときに、浩からきっぱりと言われた。  「僕が求めているのは、人生のパートナーだから、淑恵ちゃんとは、イーブンな立場で結婚生活を送りたい。マンションのローンと家の水道光熱費は僕が払うけど、食費と雑費で家に入れるのは、4万円にさせてね。足りない分は、淑恵ちゃんが働いたお金で、賄ってほしい」  結婚を機に、できることなら今の仕事を辞めてパート程度で働き、家のことを主婦としてやりたかったが、貰うお金が月4万円では生活していけない。自分の欲しいもの、必要なものも買えなくなるので、仕事はそのまま続けることにした。

 そして、結婚生活がスタートしたのだが、浩はとにかくお金に細かい人だった。  「使っていない場所に電気がついていると、片っ端から消していく。朝、会社を出るときには、『待機電力がもったいない』と言って、テレビとかコーヒーメーカーとか家電のありとあらゆるコンセントを抜いていく。私がアロマをたいたら、『それって生活に必要?  電気代がもったいないし、僕は部屋中に匂いが充満するのは好きじゃないからやめてくれないかな』と言われました」

 

 

 一緒にスーパーに買い物に行っても、値段を細かくチェックする。例えば納豆を買うときなど、いくつかあるブランドの中から、グラム数と値段を見て、一番コスパのいいものを選ぶ。  「休みの日に映画に出かけても、チケットを買うのは別々。100円ショップに行っても、自分が買うものを選んだら会計の列にさっさと並んでしまう。外食はほとんどしない。何か彼を見ていると、無駄遣いをすることは悪。貯金が増えていくのはいいけれど、減っていくことには強迫観念があるように思えました」

■「僕らはごちそうしてもらえるの?」  あるとき、淑恵の大学時代の仲良し5人組の1人から、「結婚のお祝い会をしましょうよ。ご主人と出てきたら?」と連絡がきた。浩にそのことを告げると、彼は言った。  「それって、僕らはごちそうしてもらえるの? それとも会費制? もし払うとしたら、僕は遠慮しておくよ」  友人が、結婚のお祝いをしてくれるという会に対して、「ごちそうしてくれるなら行くけれど、払うなら行かない」という言葉に、淑恵は心底がっかりした。結局その会には、1人で参加し、当然のごとくみんなが淑恵を祝い、ごちそうしてくれた。

 その会を終えて帰宅した夜、淑恵は、当てつけがましく言った。  「ああ、楽しかった。すっかりごちそうになっちゃったわ。久しぶりの本格的な中華料理は、おいしかった~」  すると、浩が言った。  「なんだ、おごりだったのか。だったら、僕も行けばよかったな」  その言葉を聞いて、淑恵は、気持ちがスーッと冷めていくのを感じた。一緒に暮らしていくうちに、気持ちはどんどん離れていった。そして、ついに離婚を決意させる出来事が起こった。

 実家の妹から、「お母さんが、キッチンで倒れて、救急車で運ばれたの」という電話が入った。母は80歳近くの高齢だ。心配と不安で病院に駆けつける身支度をしていると、そこに浩がやってきて、言った。  「手術とか入院とかになるのかな。もしそうなったときに、費用はそっちの家で持ってくれるよね。僕の親はもういないから、ウチには迷惑がかかることはない。淑恵の親のことだから、費用はそちらの実家で賄ってほしいな」  その言葉を聞いて、気持ちがストンと落ちた。お金の負担をフィフティフィフティにきっちり考えるのは勝手だが、親の命に関わる問題にまで、それを当てはめてくる薄情さに、怒りと諦めと、もう夫婦の縁を切りたいという気持ちが、一気に湧きおこった。

 

そして、10カ月の結婚生活は、翌月に幕を閉じた。  離婚してから間もなくコロナの話題が報道されるようになり、年が明けてからは、日本中に蔓延していった。4月には、1回目の緊急事態宣言が出され、1人でいることに寂しさを覚え、宣言明け後に、再び婚活をすることにした。入会面談に来た淑恵は、私に言った。  「前のときは、とにかく“結婚“というものを1度したくて、焦っていたんです。そして、結婚するなら、ある程度条件のそろっている人がいいと思っていた。年齢、年収にこだわって、いろいろな方にお会いしてみたけれど、実際お付き合いしてみると、持っている条件と人間性は別。それでも条件に目をやってお付き合いしたり、結婚したりしたんですね」

 ところが、うまくいかなかった。元夫から一番学んだことは、お金の使い方だった。  「年収があって、貯金があるから豊かな生活ができるかというと、そうじゃないんです。銀行にいくらお金があっても、それを使おうとしなけれは、それはないのと同じ。元夫は、自分のためにはお金が使えるけれど、人のためには使えない人だった。人にごちそうしたり、贈り物をしたりして、人が喜ぶ顔を見るのは、無駄遣いだと思っていた。お金があっても心は貧しい人だったんです」

■条件にばかりこだわると、人間性を見る目が曇る  さらに、淑恵は続けた。  「今度の婚活は、焦らずにお相手を探そうと思います。前回は、条件にばかり目がいっていたけれど、そうではなくお人柄をしっかりと見て、人の喜ぶ顔を見るのが好きだったり、人のためにお金が使えたりする相手を探そうと思います」  こうして婚活をスタートさせ、10カ月目に出会ったのが、知久(仮名、57歳)だった。バツイチで、年収は400万円だったが、別れた妻はすでに再婚しており、28歳の1人娘は嫁いでいた。今住んでいる分譲マンションのローンも払い終えており、貯金もそれなりにあって、淑恵が働けば2人で十分に暮らしていけた。

 

「知久さんは、お父さまがすでに亡くなっていて、お母さまが1人で暮らしていた。結婚の話が出始めたときに、彼が言ったんです。『これから、僕らの親も年老いていくから、大切にしていかないといけないね。親が元気なうちに、みんなで旅行に行けたらいいよね』って。  家族ぐるみのお付き合いをしている友人たちもいるし、その人たちが私たちの結婚お祝い会を開いてくれるのを知ったときには、『僕らからも、何かお礼がしたいね』と言って、あれこれ考えていた。彼と出会ったことで、やさしさもお金も、人に与えたら、それがこちらにも返ってくる。巡り巡っているものなんだと、学びました」

 そして、結婚を決めたときに、知久から言われたこんな言葉が心を打ったという。  「僕は、大きなお金は稼げないけれど、淑恵ちゃんが笑顔で生活できるように頑張るよ。楽しく暮らそうね」  40代、50代、60代ともなれば、人それぞれに、考え方や、生活習慣や、お金の使い方に、その人のルールが出来上がっている。この年齢になったら、人は変わらない。年収がよく、貯金があるから豊かな生活ができるかというと、そうではない。お金をどう使うか。お金に対する考え方や生活していくうえでのルールが似ている人と結婚したほうがいい。

 お見合いは、条件ありきの婚活なのだが、条件ばかり見ていると、人柄を見落としてしまう。条件にこだわるよりも、まずは会ってみて、生活をしていくうえで何を大切にしているのか価値観のすり合わせをし、それが合う人と結婚する。それが幸せになれる結婚だ。