【定年後の居場所】
ある女性のエッセイストが、「昨今は不機嫌ヅラの年配者、街角で他人を罵倒する老人が何と多いことか」と書いていた。彼女の子供時代には、お年寄りはみなニコニコと穏やかに若い人を見守る存在だと思っていたそうだ。
彼女はキレる老人の原因を前頭葉の働きが衰え、感情のコントロールができなくなるせいではないかと推測していた。怒りっぽくなるのは老化の生理現象であり、ある種仕方ないことではないかという。昔はキレる老人が少なかったのは、平均寿命が短くて、前頭葉が衰える前に命が尽きていたからかもしれないと述べていた。
この文章を読んで、80代半ばで亡くなった母親のことを思い出した。私たち子供に対して今まで一度も大きい声を出して怒ったことのない母親が、孫に対して強い調子で叱りだしたのを見て驚いた。やはり老化現象によって感情のコントロールができなくなっていたのだろう。
私は60歳で定年退職して2年余りの間、どの組織にも属さずに、定年退職者とおぼしき人がどこでどのように活動しているかのウオッチングを続けてきた。
地域における図書館・公民館、スポーツクラブ、ショッピングセンター、公園、都心にある書店、喫茶店、理髪店、映画館、カラオケボックス、パチンコ店など、定年退職者が立ち寄ると思われる場所に足を運んで彼らを観察していた。
この時に、高齢の男性が店員などに大きな声を出してクレームをつけている場面に何度か遭遇した。ある私鉄のサービスセンターで運賃の精算をしようとしたら、私と同じ60代とおぼしき男性が駅員に食ってかかっていた。詳しい内容は分からなかったが、券売機で買った切符であれば定期券との差額の精算をすることができるが、ICカードでは定期券の区間との差額精算ができないことに腹を立てている様子だった。
恐縮しながら無理だと告げる駅員を怒鳴りちらし、「それを書いている約款をここに出せ」などとえらい剣幕だった。私は男性の住所と名前を聞けば、彼はひるむのではないかと思いながら自分の順番を待っていた。
またカフェでは、自分の注文した飲み物がなかなか来なくて、後から入店した客の方が早く来たといって文句を言う人や、飲み終わった紙コップをダストボックスに捨てるときに扉がうまく開かなくて、水が服にかかったと若いアルバイトの女性にずっと小言を言う男性、携帯を使って話している女性に向かって「うるさいなぁ! 場所をわきまえろ」と怒鳴る老人もいた。
キレる相手が、駅員やカフェ店員など、抵抗や反論ができない立場の相手であることがさらに嫌な気分にさせた。
彼らの不機嫌そうな顔を間近で見ていると、精算ができないことや注文が遅かったこと、コップの水が服にかかったこと自体というよりも、日ごろの生活に満足していない気分が怒りになって表に出ているのだと私には思えた。定年後の居場所がないこともキレる老人が増える一つの理由だろう。