社会人の孤立化」という大問題
日本では長らく会社がコミュニティの役割を担ってきた。
会社が若者たちに(仕事を通じた)「社会的な承認」を与え、友人関係、恋愛、結婚といった「私的な人間関係」を結ぶ機会さえ提供してきた。
昭和的な会社像の典型といえるのが、手厚い福利厚生制度に支えられた、社宅を中心とする家族ぐるみのコミュニケーションだ。同心円状に同僚、取引先などとの仕事上のつながりが広がり、親しい交友関係へと発展することも珍しくなかった。
平成の時代に入って、このような高度経済成長期に特有のシステムは、一部の例外を除いてことごとく崩れ去った。しかし、わたしたちはそれによって「何を失ったのか」ということについてはあまり深く考えなかった。
「入社式の時って、当たり前ですけど、サークルの勧誘ってないですよね。でも、ここが大学と会社におけるコミュニケーションの大きな違いを表していると思います。つまり、大学はまだ人間関係について〝お誂え向き〟のものを用意してくれる可能性があったんです。しかし、社会人になるとそんなものはまったくないので、途端に孤立する人が出てくるんです」
こう語るのは、東京都内で〝大人の部活〟をコンセプトにイベントスペースを運営している、合同会社「オーダーメイド東京」代表、山根義弘さんだ。
運営を始めるきっかけになったのは、就職後に人間関係が希薄になり、息抜きの場がないと嘆く人々の多さにあった。
大学の時は友人と話したり、遊んだりして純粋に楽しめる「自由になれる居場所」があったのに、社会に出ると、仕事の忙しさや家族サービスなどに振り回されてそれまでの人間関係が疎遠になる。「ストレスのはけ口がない」「なんとなく生きづらい」などと話す人が目立つように感じる――山根さんはそう話す。
ここ数十年にわたるコミュニケーション環境の激変は、IT化の進展も相まって、かなり深刻な状況をもたらしている。一言で言えば「社会人の孤立化」だ。
近年、一部の企業で社員旅行や社内運動会などの旧来型の慣習が復活しているのは、この「孤立化」という問題がビジネスのさまたげになっていることに経営層が着目したからだ。
有名なのは、2011年に二十数年ぶりに社内運動会を再開したデンソーだろう。企業としての一体感を育むための取組みだが、会場に多数のお店が出展するマルシェを設けるなど、同じ会社の社員同士が家族ぐるみで楽しめるよう配慮している。 これは穿った見方をすれば、会社による一種の「関係性の囲い込み」であり、「再コミュニティ化」と呼ぶべきものである。
ただし、今の時流に沿った就業環境の最適化を含め、このような企業主導の「再コミュニティ化」の動きは局所的なブームにとどまるだろう。そもそも、雇用環境の流動化著しい現代において心理的な安定を得ようとするなら、自らが所属する企業でネットワークを作るだけでは不十分なのだ。
「生涯の人間関係」持ってますか?
わたしたち一人ひとりの「自尊感情」を保全するためには、単一の所属先だけですべてを調達しようとすると、離脱(転職や退職)に伴うリスクが相対的に大きくなるため、会社の外にできるだけ多様な人間関係を作っておくことが最も重要な生存戦略となる。
山根さんのイベントスペースでは、毎月様々な集まりを開催している。現在はボードゲームや人気マンガ、スイーツなど10個ほどのテーマごとに同好会・グループがあり、そこに新規メンバーとして参加するか、または自分の興味があるテーマで新たにグループを立ち上げるかを選ぶことができる。
1回当たりの参加費も、大学のサークル活動をイメージした水準(数千円程度)に抑えた。職場でも家庭でもない、第三のコミュニティとなり得る「居心地の良い場所」を大切にしたいとの意識があったからだという。
「人気YouTuberのやっているゲームが楽しそうで、誰かとやりたいと思ったけど、一緒に遊ぶ友達がいないということに気付き、イベントスペースに来られたお客様もいます。Twitterでもゲーム仲間の募集はあるけど、ネットだと相手の素性が知れないので踏み切れなかったみたいです。今の時代をよく表しているエピソードだと思います」
『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』の著者で心理学者のリンダ・グラットンは、「わたしたちには3種類の人的ネットワークが必要だ」と主張している。
関心分野を共有する少人数のブレーン集団である「ポッセ」、多様なアイデアの源となる「ビッグアイデア・クラウド」、そして、安らぎと活力を与えてくれる現実世界の友人などで構成される「自己再生のコミュニティ」――この三つを意識的に築く努力をしなくてはならないという(*1)。
趣味や遊びなどの共有が作り出す関係性は、「自己再生のコミュニティ」に近いものといえるかもしれない。グラットンと経済学者のアンドリュー・スコットは、「前向きな親しい友人たちのネットワーク」こそが「『自己再生』をもたらすうえで大きな役割を果たす」と述べている(*2)。
さらなる超高齢化が予測される現役世代にとって、人生の伴走者といえる人的ネットワークの重要性は増すばかりだ。
〈100年ライフでは、感情のこもった強い友情を維持することはいっそう難しくなる。しかし同時に、そうした友人関係の価値はますます大きくなる。関係の維持が難しくなるのは、長い人生の過程で多くの転機をへれば、アイデンティティの意識が変わり、友人との絆が弱まったり、ことによると立ち切れたりするからだ。一方、その価値が増すのは、それが生涯を通じたアイデンティティの土台をなし続ける場合があるからだ。(*3)〉
生涯を通じた人間関係を維持すること――それは日々目の前のタスクに追われ、常に自己研鑽せよと急き立てられるわたしたちにとって、世の中の趨勢を見る限り大変な難事業かもしれない。
「職」の切れ目が「縁」の切れ目に
最近の比較的若い世代に特徴的な傾向として、職場を円滑に回すための飲み会などの必要性は認める一方、それ以外の(目的が明確でない)プライベートな時間を共有する関係性は望んではいないことが挙げられる。一方で、職場以外での関係性はオンライン上のものが大半を占めていて、実のところ表面的な付き合いに終始していたりする。
グラットンのいう「自己再生のコミュニティ」どころか、彼らにとっては社会的なつながりが「企業内部での役割」だけになっている。要するに、「職」の切れ目が「縁」の切れ目になってしまっているのだ。
「転職を考えている若い人たちを見ていて感じるんですが、気軽に相談できる人が周りにいないので、誤った転職先を選んでしまったり、悪質な転職ブローカーの餌食になる可能性が高いんです。一人で抱え込むので心理的な負担も馬鹿になりません。労働環境以前にコミュニケーション環境が貧弱なものになっていることに気付いていないと思います」(前出・山根さん)
一定以上の職業スキルがあっても転職に踏み出せなかったり、ブラックな働き方から上手く抜け出せない背景要因の1つに、「アイデンティティの帰属先の一元化」がある。
勤め先の会社以外に豊かな人的ネットワークを持っていれば、「帰属先の多元化」が自ずと達成されていることから、たとえ帰属先のひとつを失っても、影響は相対的に抑えられる。加えて、複数あるコミュニティのチャンネルの中から、転職経験者による適切なアドバイスや、次の働き口の紹介なども期待することができるだろう。
また、「社会的な承認」に関わる自己評価の側面から見ると、勤め先からの「一元的な」評価に振り回されず、外部(別のコミュニティ)からの多角的な評価を得られることで、過大評価や過小評価にブレることを和らげてくれるだろう。これは心理面でも重要な点だ。
とはいえ、このような多元的なネットワークを構成するコミュニティは一朝一夕には立ち上がらない。その上、実に多くのコミュニティが(小規模であるということも関係しているのだが)、信頼性を保つために「口コミ」や「紹介制」を採っており、オンライン上には「可視化」されていない。
わたしたちは、人生におけるすべての関係性を「DIY」(Do It Yourself=あなた自身でやるの意)で構築しなければならない時代に生きているのだ。