2021年 8月 10日
考えるという事
私の性分なのか常に『何故』という事を『考える』癖があります。何故そこに○○が
あるのか、何故△△をするのか、何故□□になったのか、何故●●は▲▲をするのか。
ほとんどが大した事では無いのですが、今のコロナウイルス感染拡大や経済の停滞に
おいては役に立つ部分もあると感じてます。何故コロナウイルスは世界中で
蔓延したのか、何故ワクチンはこれほど早急に作成され接種できるようになったのか。
疑っているのではなく、正しく理由を知りたい。そして納得、理解してから自分の
行動に責任を取りたい。ただこれだけです。マインドコントロールに近しい状態に
今の日本と報道は成り下がっています。情報の分断がはっきりとしてきた現況、
私も偏った人間にならないよう、SNSだけでなく、TVを含めた他のコンテンツも
確認しています。本日TVを見ていた際、IOC バッハ会長が銀座の街を散策していた事を
報じていました。すると急に「銀ブラ」が昭和の略語なので、他の略語は何なのかと
出演者に質問を始め、各内容が終わったらバッハ会長の事に再度触れる事なく
天気に関する報道に切り替わりました。確かにバッハ会長の件は然程掘り下げる
必要は無く、国が、首相が、担当大臣が、小池都知事が明確に『NO』と言えば
いいだけです。しかしながら印象を薄くする意図があったのかと勘繰ってしまいます。
また、ワクチンにおけるデマとして、不妊になる、流産するといった情報が流れていると
NHKでも報じてました。デマではなく、不確定情報だと何故言えないのかが不思議です。
冷静に考えてみると、国内の出産を控えている年齢の女性の内、一体何名がワクチンを
接種していて、何名が出産したのか。また流産したのか。そもそもワクチン接種して
1年も経過していないのに、何故不妊になる事は無いと逆に言い切れるのかが
不思議です。自分で考える、判断する事が苦手になっているように感じます。
特にコロナウイルスの事やワクチンの事となると、医学的知見や専門性に長けた
医者やそれに準じた方が発言すると盲信的になる傾向が日本人にはあるのでは
無いでしょうか。極端に疑う必要も無く、一つ一つの事の理由付けや意義を
確認しながら行動、判断すればいいだけです。今のような報道規制や誘導が
顕著になった今、今後後悔しないようにする為にも、これこそ自己責任にて
精査していく時代になったと感じます。