デルフィの古代遺跡 | 世界遺産 放浪記

デルフィの古代遺跡

1987年登録,文化遺産

登録範囲:

パルナソス山腹の遺跡

登録理由:

(i) デルフィの設計は、マチュピチュ(ペルー)にも似た独特の芸術的偉業である。パルナッソス山は真の傑作であり、そこに建つ一連の記念建築のモジュール要素(段丘、神殿、宝物殿など)は、“魔法”と比喩されることもある遺跡の物質的・教訓的価値の強力な表現の形成と関係している。
(ii) デルフィは古代世界に計り知れない影響を与えた。ヘレニズム期には国際的に重要視され、多くの影響の交流の地として、古代世界において代わる代わる模倣された。その影響力は、はるかバクトリア(現在のアフガニスタン北部~タジキスタン)にまでおよんでいる。ネロ帝やコンスタンティヌス帝による神殿の略奪行為ですら、それらの略奪品がローマやコンスタンティノープルにもち出されたことにより、デルフィの芸術的な影響に一役買ったのである。

デルフィの古代遺跡
(iii) デルフィは古代ギリシアの宗教と文明の独特な証拠である。デルフィの神託はギリシアの政治史の焦点の一つであり、劇場や競技場などの遺構や、4年ごとに開催されたピュティア競技大会は、ヘレニズム文明の繁栄を謳歌した時代の象徴である。
(iv) 手つかずのまま保存された壮大な自然景観にたたずむデルフィの遺跡は、優れたギリシアの聖地として顕著な例である。
(vi) 古代においてオムパロス(世界の中心の石)をもつとされたアポロ神殿は、全世界のへそ・地球の中心といわれた。ゆえにデルフィは普遍的重要性をもった信仰に直接的に関係している。

当日はあいにくの雨模様。しかもツアーなのでゆっくりと見てまわる自由な時間はほとんどなかった。

それでも,この山の中にはっきりと残る,数千年も前の人々が暮らした跡を見た時,感慨深いものがありました。日本では建築物が木のため,○○遺跡,と言われても,土に穴が開いているだけだったりしますが,ヨーロッパの建築物は石造りなので,その跡がはっきりと残っていると同時に,その石にも数千年の歴史が刻み込まれています。例えば磨り減った階段など。

ほとんど復元もすすんでませんし,全体的に小ぶりな遺跡。それでも住居跡から劇場,競技場など,一通りの遺跡がある意味そのまま残っているんですよね。

また,山中にある遺跡は,アテネやローマなど街中にある遺跡に比べて,秘境的なイメージで自然とのコントラストがよかったです。

時間があれば,もう少しゆっくり,併設されている博物館も見学したかったです。


行き方:アテネ空港でデルフィ・メテオラ1泊2日の観光ツアーを申し込みました。個人で行くなら,アテネから観光バスが出てます。バスで約3時間。



にほんブログ村 旅行ブログ 世界遺産へ ←ブログランキング参加中。クリックをお願いします!