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☆まけうまブログ★

徒然なるままに日暮らしスマホに向かひて心に浮かぶよしなしごとを競べ馬の有様とともに書きつらねる自己満ブログ。
前半はよしなしごと、後半はレース回顧。
競馬道は一にも二にも検証の積み重ね。怠ればハズレ馬券が山と成す。

ブログネタ:どんな時に春が来たと感じる? 参加中

いつだったか神保町と水道橋の間の春日通り沿いの古本屋で、ふと[石仏紀行]みたいな古いビジュアルムックをめくっていた。

前に書いた川崎大師初詣の記事の通り(⇒神社に行ったつもりで2拍手やって満足して帰って来た話)、真っ当な信心深さみたいなものは皆目ないわけだがw
苔さびた野仏の風情や表情に何とも心安らぐものを感じた自分は、そのまま衝動的に2冊買ってしまい、帰りの荷物が恐ろしく重かったのを覚えている。

久しぶりに箪笥の下からそれを発見して読み返していた。

この関東平野の田舎でも時たま道端で野仏や道祖神に出くわす。
そんな時、いつも修学旅行で聞いた薬師寺の坊さんの言葉をふと思い出す。

[この前、近鉄に乗ってましたら、電車が急にブレーキをかけまして、近くにいたおじさんがよろけて、腕がエルボードロップのように私に食い込んで来たんですね。その時、私はグォー!と効いてるリアクションをしながらのけぞってみたんですが、そのおじさんは素知らぬ顔で完全に無反応でした]

というおなじみ修学旅行名物の薬師寺爆笑トークなわけだが…
結論としては、それもまた仏縁である。
仏様がおじさんのエルボーでもって無用心な私に注意してくださったのだと。
だからどこかで仏様を見たら手を合わせる心。
それが大事なのだと。

そんな遠い昔の坊さんの言葉が、どういうわけか脳裏に蘇って、野仏の前を通り掛かった時はひっそりと手を合わせてしまう。


やたらと晴れた春模様の木曜日。
休みなので、ふと自転車に乗って出かけてみようと思った。

ここを自転車で走ってみたいなと思った街はたくさんある。
札幌や小樽、函館がそうだね。
神戸もそうだけど、あそこは坂も多いからむしろ原チャリで走ってみたい気がする。

中には会長ことIT業界起業野望男のように、日本中どこでも自転車を持って出かけてしまう強者もいないではないが…

さすがに漕いで行ける距離となると限られる。
歩きでは遠い距離…車とかバイクでは単に通り過ぎてしまう見落とされた風景を辿るには、自転車の速度がちょうどいい。

この常陸の国の田舎の見落とされた風景を活用して、飛鳥や山の辺の道を辿るような気分を味わえないものだろうか?

そんなわけであてもなく出発。
まず着いたのは龍ケ崎歴史民俗資料館。
古い商店の実物大模型や、SL4号機などが無造作に置いてあるのだが、当然のように客らしき人物は誰もいない。
昔、春日部のナンパ野郎とここに来て、土地の風習のVTRを見たことがある。
五穀豊饒を祈って田んぼに向かって矢を放ち(⇒そんな場所のすぐ裏手はロードサイド店が立ち並ぶニュータウン)、雪を散らした鶴の置物を用意して、集落全員が[駆け付け30杯]酒を飲まされて、ベロンベロンに酔っ払わなければいけない。
極めて興味深く、長く息づいた民俗学的資料映像にも関わらず、腹抱えて爆笑してしまったのは言うまでもない。

資料館裏手の上る気も失せるような草ぼうぼうの杣道を200mくらい昇ると、倒れかけた看板に[馴馬城跡]と書いてある。

遺跡まで含めてワイルドなエリアだ。

久しぶりにSL4号機によじ上ってレバーを動かしていたら、チャリの兄ちゃん2人組が坂を降りて来て、やたらこっちを見ている。
なんと奴らもSLに気を惹かれて資料館に入って来たのだった。
平日の晴れた日に、自分以外にもそんなことを考える奴らがいたとは…

ちなみにペンキで機器類を塗り固めたようなSLばかりが日本中に置いてある中で、ここの保存機の整備状態は非常に優れていて、外観も内装もピカピカだし、あらゆるレバーを動かしまくれる。

このSLがかつて貨車を牽いていた線路の上を、今はディーゼル客車が一両でゴトゴト走ってゆくのを眺めながら、300mほど離れた寺に向かう。

ここには国指定の重要文化財がある。
この街にそんなものがある時点でびっくりだが、室町以前に作られた関東以北で最古の多宝塔が現存しているのだ。
重要文化財なので、京都辺りでよく見かける日立がスポンサーの看板もちゃんと建っている。
昔見た時は朽ち果てる寸前にしか見えなかった塔が、思いのほかちゃんと整備されているのを見ると、文化財指定物というのは恐ろしいまでに公的に保護されるものなのだなと、改めて考えされられる。

ニュータウンを走り抜け、北の外れにある蛇沼公園に立ち寄る。
この望沼台から蛇型にうねって伸びる沼を眺められるのだが…
小学生が図工の時間に作ったとしか思えないようなちんちくりんな蛇のオブジェが当初から置いてあって、かつて春日部のナンパ野郎はこの蛇にアンジェリーナと名付けていた。

我々は卒業記念タイムカプセル(中身はその日の東スポ、その週のフライデー、我々全員の未来予想図、内田有紀の写真集など)を、アンジェリーナの裏手、歩いて3歩の地点に埋めた。
大雨の降りしきる中、傘を差しながら、死体でも埋めるかのように土を掘り起こしながら…

その埋めた場所がいつのまにか遊歩道に改修されていたのだよ★
さてタイムカプセルはどこに行ってしまったのか?
奇跡的に掘り起こされずにまだ埋まっているのだろうか?
もはや市役所に聞く気にもなれないが。

そのまま市を跨いで牛久市に入る。
自転車を漕ぐ頭の中にさっきからリピートしている…内田有紀の[ONLY YOU]。
小室哲哉の曲の恐ろしい所は一旦脳内再生され始めると離れなくなることだ。
蛇沼のタイムカプセルの呪いか?

狐が女に化けて旅人を騙くらかしていたという女化街道沿いの蛇喰古墳へ。
これが古墳?というような、住宅地の中の単なる小高い丘で、頂上にぽつんと神社があるだけだが、形は確かに小型の円墳状になっている。
しかし古墳の由緒書など一切なく、神社の氏子の建てた碑しか見えない。
近所に家を建てた人でさえ、あの神社が古墳だと知らなかったくらいだから、ほぼ98%の人間が気付かないで街道を通りすぎているのだろう。

市街地を突っ切り、踏切で常磐線を渡って、国道6号に出る。
天下の水戸街道、24時間引っ切りなしに通行が途絶えない。
そんな通り沿いに寺の看板が見える。
ここは真言宗の寺らしいが、追い立てられるように通過してしまう場所なので、境内に入ったことがなかった。
牛久駅至近の6号沿いとは思えない静謐な参道を抜けると、この辺には滅多にない立派な寺が見えた。

境内の一番手前に鹿島神社があって…
思わず、あ、と目が点になった。
ここにあったのか!

昔、坊主頭のクラブ通いが好きなとっぽい高校生が爆笑しながら見せて来た写真…

[チ○コのオブジェが奉ってあんすよ]

これも民俗学的には方々で散見できるものだが…
つまりは五穀豊饒や子孫繁栄を祈って、神として奉られてるわけで。
しかし実物を見たことは一度もなかった。

[つぅか、これどこで撮ったんだ?]

[牛久にあるらしいっすよ]

どうやらここだったらしい。
しかし、デカい★
なだらかな曲線といい、カリ首の付け根の部分に巻かれたしめ繩といい、お地蔵さんでも拝んでいるような何とも言えぬ風情を感じてしまう。

広い境内には中国から渡って来て破損したものを復元したエキゾチックな仏像や巨大な仁王像などが立ち並んでいる。
普通はお寺の鐘を勝手に搗くと怒られるが、ここの鐘は搗いても構わない。
なかなか良い音がする。

6号から50mしか離れていないとは信じられない真言密教的かつ開放的な空間にしばし佇む。

そこから200mほどでつくば市内に入る。
旧茎崎町だったエリアで、実質的には完全に牛久市域と一体化している。
ここがつくば市に編入された理由は、森林研究所があるからだ。
つくば研究学園都市の研究施設の中で唯一茎崎町内にあったのが森林研で、合併によって全ての研究所がつくば市内となった。

そんなわけで牛久市街の国道6号の10m裏がつくば市だとは気付かずに通っている人も多いだろうが…
自転車は県道202号に沿って、幅100mほどだけ突き出した付け根からつくば市に分け入ってゆく。

しばらく住宅地を進んだ県道は一旦牛久市内をかすめて林の中に入り、はんのき台交差点で国道408号と交差して、太田胃酸の工場の横を通る。
胸やけした時にここを通ると匂いでスッキリしてしまうという…
[ありがとう、いい薬です♪]

ほどなく古い街道沿いの集落になり、その辺りからまたつくば市に戻る。
ここは石仏や道祖神の宝庫でもあり、神社や鎮守が道沿いにいくつも現れる。
今まで普通に通りすぎていたその一つ一つに手を合わせながら、街道を辿る。

花粉も降り注ぐのどかな陽射し。
花が霞むほどに暖かい。
出発した時からずっと北東に見えている筑波山の影が少しずつ近づいている。

前から気になっていた古い大鳥居の神社に立ち寄ると、社殿に[月讀神社]の古い文字が見えた。
ここはツクヨミの神社だったのか…

自分の心の中の唯一絶対の神は天照大神。
理由は言えない…
ただ天照大神だけは、いつも存在を間近に感じることができる。
そのアマテラスの弟がツクヨミ。月讀、すなわち暦を司る神。
伊勢の皇太神宮の別宮に奉られている。

全くルートを決めずに自転車を漕いでいた自分としては、何かしら導かれるような縁を感じてしまう。

その先の6号バイパスの高架下が三日月神社。
月には特別な思いを感じてしまう自分には、月との縁が深い道のりが続く。

左手に高野台の住宅地が見えてくる。
ここには子会社のわかめスープや小保方氏でおなじみの理化学研究所がある。
理研のロゴを眺めつつ、横道に入り、常磐道の高架をくぐって梶内の集落から西大通りを目指す。
昔は2ヶ所のエロ本自販機を曲がり角の目印にしていたのだが、今では一つが廃墟のように放置され、もう一ヶ所は跡形もない。

そんな中に時折現れるお地蔵さんや道祖神。
古くて新しい都市つくばには、通りを隔てただけで様々な風景が入り乱れている。
そこが何とも言えず好きな理由なのだが…

眼と鼻の先のWATER HOTEL(入口に水の流れるラブホ)を目印に、100mほどで近代化されたメインストリートの西大通りに出て来た。
半分だけ立体の赤塚交差点を渡って稲荷前のゲートを潜るといよいよ学園都市の内部へと突入してゆく。



戦績とか関係なしに、中山牝馬Sの出走馬の馬体だけ眺めてみると…
バウンスシャッセだけが飛び抜けて見える。
昔、クイーンSで小柄なはずのヒシアマゾンが、ただ一頭だけ、桁違いの迫力で周回していたのを思い出すくらい、何から何まで他の馬と違うのだ。
皐月賞にも出て、オークスも3着。
それがなんでこんな成績なのか?

おばちゃんになって真っ白なアイスフォーリスは、白い体が光沢で艶光りして、よほどデキがいいのだとわかる。

一方、人気のブランネージュは、こんな貧弱な馬だったの?と言うほど見栄えがしない。
ケツの所だけ銭が浮いてるが、腹回りは冬毛でボサボサ。
デキはいいけど、体は冬眠してて、しかもオープン馬と呼ぶにはいかにも貧弱というめちゃくちゃな姿だった。

結果もその通りになった。

引退レースのそこは勝たなきゃダメだろ三浦さん!と思いつつも、バウンスシャッセの方がやはり一枚上手だっただけの話。
その馬体も気品も迫力も。

見えたままのものが、そのまま結果になる。

中山では特にそういうことが多い気がするけど…
実際こういうのが一番シンプルで気持ちいいんじゃないかな。


石川くんのミナレットを楽に行かせたらヤバイとばかりに敢然と競りかける典さん…
そして藤沢厩舎に勝負依頼されて、こういう所でポンと結果を出せる田辺。
完全に一流騎手になったなと実感しつつ…

どこかここ一番で頼りない関西騎手に比べて、若手が急成長して、ベテラン勢も揃って健在の我らが美浦村の関東騎手陣。
なんと頼もしいことか。