Side.A
シービスケットを読んだ後の余韻が覚めず、連鎖的に海外競馬に引き寄せられていた(⇒継続中)手元にあるのは…
『Number Plus 競馬黄金の蹄跡。』
藤沢和雄&森秀行調教師の海外遠征記とかじゃなくて、まるごとどっぷり海外競馬を求めてるんだけどな。
そういえば、昔読んだディック・フランシスの『女王陛下の騎手』が家にあったよな。
作家ディック・フランシスが全英No.1障害騎手になるまでの自伝。
シービスケット同様、この本も北上次郎さんが解説を書いている。
ギャロップの最終ページでくだ巻いてる馬券おやぢの藤代三郎じゃなくて、文芸評論家北上次郎名義での解説だから、その時点で作品のレベルがわかる。
日本の騎手の書いた本とは比較にならない濃厚さで、非常に興味深い。
面白いんだけど、その分、読んでいてだんだん疲れて来る。
その感覚はディック・フランシスのおなじみ競馬シリーズにもあって、主人公の置かれる状況のドMっぷりに、たまについて行けない所がある。
読後、疲れて、しばらくフランシス作品と距離を置きたい気分にもなる。
フランシスといえば菊地光、というくらい世評の高い翻訳によって、日本の読者は作品に接するわけだが(パーカーのスペンサーシリーズも同様)…
果たして本当に名訳なのか?と言うとわからない所もある。
硬質すぎる訳文がフランシスの世界に合っているといえばそんな気もするし、文章がこなれていなくて多少意味が取れない所がたまにある。
どうも菊池氏は馬券を一度も買ったことがないという話で、訳語が微妙に適切でないのはそのせいなのだろうか?
三島由紀夫は「日本語で読んで意味の通じない翻訳は、作品の名誉のために放棄しなさい」みたいなことを書いているけど、確かに小笠原豊樹の翻訳したロス・マクドナルドなんて最高のマッチングだもんな。
ドストエフスキーの文体が苦手な自分も、小笠原豊樹訳の『虐げられた人々』だけは本当に読みやすかった。
だから内心では、高見浩とか田口俊樹あたりが訳したフランシスを読んでみたい気がずっとしているのだが…
馬券なんか一枚も買ったことがない人でも、ミステリ好きならフランシスだけは読むという人は多いし、競馬関係者なら岡部さんあたりはさすがに全部読んでるらしい。
それらは原作+翻訳セットでの評価なわけだから、フランシスといえば菊地光⇒他に選択肢なし!(訳者死後の作品は別)と割り切ればいいんだけどね。
ちなみにフランシス作品で言うと、翻訳3作品目の『重賞』が一番好きですね
『興奮』や『度胸』みたいなドMな息苦しさも希薄だし、本場イギリスのステープル・チェイスの風景や馬の鼓動が匂い立つように漂ってくる感じが、何とも言えずたまらない。
昔この本を大学で読んでたら、通り掛かった春日部のナンパ野郎が「おや?読書ですかぃ」と言いながら近付いて来た。
この男、女絡みの素行については多分に問題があるものの、愛読書のレーベルが[岩波文庫 赤]という点で、なかなか侮れない男だ。
そして表紙を覗き込むや…
「重賞?…ヒャーハハハ!」
「(・_・')」
「競馬シリーズだって?もうダメだ、腹いてぇ~!」
と腹を抱えて転げ回り始めた。
新橋遊吉の『競馬流れ節』とかだったら多少わからなくもないが、ディック・フランシスでここまで爆笑された経験は後にも先にも、ない。
『おまえ…ディック・フランシスを知らんのか』
憐れな奴め、ここはちゃんと解説してやらなくては。
『この作者は女王陛下の主戦騎手だったイギリスのNo.1障害ジョッキーで、30作も傑作ミステリーを書いているという…』
『イギリス…No.1…障害』
半分涙目で口元を引き攣らせていた春日部のナンパ野郎は、再び、ブヒャハハハ~!とのけぞって、スエードのジャケットのまま床を転げ回った。
『もう、わかった、わかったから…お願い、たすけてくれ~、ギャハハハ~』
こっちが真顔になればなるほど、競馬という単語の全てが笑いのツボに入ってしまうらしい。
とりあえず過去に自分のアドレナリン全開の時にやらかした下記のような事情が原因なのかもしれない。
Episode.1
春日部⇒ダービーの注目馬って何がいんの?
ちゅる⇒ブルボンがぶっちぎるに決まってんだろうが!
春日部⇒あ~そうねぃ~ブルボンでしたな。じゃあ2着に来そうな馬は?
ちゅる⇒こいつが出て来たら面白いんだけど
スポーツ紙を指さす。
春日部⇒ほぉ、メイキングテシオ?
(※ 父アレミロード 母カルポピー 橋口厩舎 主戦騎手・大崎昭一 妹にオープン勝ちのライブハウス 生産・社台ファーム 馬主・社台RH)
ちゅる⇒こいつはなかなか強いと思うぞ。新潟でこけもも賞1着だ
春日部⇒こけもも賞?…プッ!
ちゅる⇒ふぇ?……(^+^:)
春日部⇒こけもも?ブヒャハハハ~、こけもも賞1着?こけももってなんだ~、こけもも~!もうダメだ、ヤメロ~、助けてくれ~!
この日から奴の中でミホノブルボンライバルといえば、ヤマニンミラクルでもライスシャワーでもなく、[こけもも賞1着]のメイキングテシオが脳裏に刻まれたのであった。
(ダービー除外・当日の900万下駒草賞完勝)
Episode.2
(ト書き) ミホノブルボン二冠達成と、ミホノブルボン=ライスシャワーの馬連29580円的中を記念して口から勝手に出て来た[ミホノブルボンダービー制覇の歌]を浮かれながら口ずさみ、ゼミ教室に現れる自分。
「うちのブ~ルボンがよぉ~、ダービー勝っちゃったんだよぉ~♪こいつぁすごいねおっどろいた~。何をおっしゃるウザキさん」
(作詞・作曲=ちゅるさん、一部地元ネタあり)
Episode.3
(ト書き) 週刊競馬ブックを握りしめ、眼を血走らせて教室の椅子にのけぞる自分。
ちゅる⇒ブルひゃ~ん、明日の高速バスで京都のパドックの最前列に突撃するけん、待ってろよ~!
春日部⇒うちのブ~ルボンがよぉ~♪あ、ソレソレ
ちゅる⇒菊花賞勝っちゃうんだよぉ~♪
(無念、2着)そんなわけで…
ディック・フランシスだろうと、こけもも賞だろうと、奴の中で競馬とはすべて浮かれポンチな風景でしかないのだった。
イギリスの障害なんて興味ねぇよ!という人にとっては、競馬フィクションだと宮本輝の『優駿』や岡嶋二人の『焦茶色のパステル『』あたりが王道だろうけど、松本清張『死の発送』とか、新橋遊吉『競走馬空輸殺人事件』、黒岩重吾『場外の王者』なんて、なかなか胡散臭い時代の競馬を堪能できて面白いと思うけどね。
でもいちばんオススメの競馬ミステリは…
『新 刑事コロンボ 幻のダービー馬』
フィドリングブルという架空の馬がたぶん本当の主人公だけど…
この馬の同期として、グラインドストーンやアンブライドルズソング、エディターズノートなど実在の馬がクラシック戦線にゴロゴロ出て来て、競馬好きはその時点でもうテンション爆上がりになってしまう。
コロンボシリーズだけに話も面白いし、とにかく読みやすい。翻訳は『探偵物語』の工藤ちゃんを生み出した小鷹信光。
競馬好きじゃなくてもこれは楽しんで読めるはず。いつから生で大障害見てないんだろう?
たぶん最後方にいた超人気薄の牝馬ローズムーンがハマッて差し切った時だったような…
って、いつだよ、おい。
新規客を掘り起こしたいJRAはなんか勘違いしてるんじゃないだろうか?
最も輝かしい舞台であるダービーや有馬記念の魅力を必死で伝えようとしてるけど…
競馬知らない人間から見たら、平地戦なんて未勝利もダービーも同じにしか見えないんだよ。
大井も中山も変わらない。
せいぜい、有馬記念ってすごい試合らしいよね?くらい。
春日部のナンパ野郎とテレビで中央競馬ダイジェストを見てた時…
春日部⇒全部同じにしか見えないんだけど
ちゅる⇒違うだろ!1Rはダートだけど、2Rは芝じゃねぇか
春日部⇒いや同じだから
ちゅる⇒違うから、さっきは差したけど、今度は逃げ切ったじゃねぇか!
春日部⇒どっから見ても同じだろ、ブヒャハハハ
ちゅる⇒ほら見ろ、今度は違うだろ!障害だぞ
春日部⇒おっ? へぇ~こんなのもあんのか!
うちの実家で中央競馬ダイジェスト見てた時も、つまらなそうなおっ母ァがふと5R(当時)の映像を見て…
『なに?障害物競走なのあンだがした?』
とその時だけ思い切り身を乗り出したのだ。
だから思い切ってこんなCM打ってみればいいのだ。
素人⇒競馬ってどのレース見ても同じじゃないすか?
誰か有名俳優⇒そんなことはない!
ニヤッと笑って、パチッと指を鳴らす。
そこに大竹柵を飛越する馬たちのド迫力の大画面。
さらに落馬から、最終障害の駆け引き、ゴール前の攻防まで。
素人⇒こんな競馬もあったんですか!
有名俳優⇒そうさ、競馬は一つじゃない!
4100mを走り抜く、苛酷でスリリングな攻防
間近で見ればきっと世界が変わる
12/20は中山大障害Side.B
そんな訳で、人気薄のドリームセーリングで果敢にハナを切り、ぶっ飛ばしてゆく石神。
実績断然のアポロマーベリックは無理なくその直後につける横綱相撲の競馬。
東京で惨敗した後で、平地戦を挟み込んで来たが…
このスムーズで安定した競馬ぶり、本番で心身ともに完調に仕上がっている。
平地実績は断然のケイアイドウソジンあたりは、もう少し積極的な競馬すればいいのになぁ~と思いながら見ていたが…
レッドキングダムなんかケツから数えた方が早いくらいの位置つけてマイペースを決め込んでいる。
障害のデカい中山、どの騎手も消耗を避けて淡々と競馬してゆく。
この前半の静謐こそが大障害。
ついていけてないメジロサンノウ(⇒メジロダーリングの子まで障害飛ぶか!)も含めて、大竹柵も全馬無事に飛越。
二度目のバンケットの手前の障害あたりから、動きが出て来る。
メイショウヨウドウが上がって来て、二番手のアポロと鼻面を合わせる格好でレースは進む。
アポロマーベリックが最高の形で競馬しているだけに、西谷としてはここで馬に無理させない程度にプレッシャーをかけておきたいという肚か。
しかし並び掛けられても動じる気配はなく、自分の形を崩さないアポロマーベリックと五十嵐。
すでに風格さえ醸し出す安定感。
全盛期のマジェスティバイオの領域に達している。
大生垣も全ての馬がクリアするが、バンケットとデカい障害で徐々にスタミナが失われる馬が出て来る。
次の障害の後で後方インにいる植野がしきりにムチを入れて気合いを引き絞ろうとしている…
大丈夫か?と思って見ていたら、次の障害の飛越後にスタミナ切れした感じでクリノテンペスタがバランスを崩して植野が落馬。
最後方の原田はとにかく障害の真ん中を慎重に飛ぶことに終始していたので、追突もなく、カラ馬も無事に前を追いかけてゆく。
定石通りに最終障害で逃げ馬を射程圏に入れ、交わしに掛かった五十嵐。
これで勝てなきゃしょうがないという王道の競馬。
だが飛越のたびに徐々に位置を押し上げながら、いつのまにか最終障害で3番手の外まで来ていた北沢さん。
いい位置につけながらスタミナ切れするオースミムーンと対照的に、ここでアポロマーベリックに離されたら終わりとばかりに、押っ付けて食らいつくようにダートを横切る。
かつては所属する荻野厩舎のポジーやヤエノジョーオーといったダートのオープン馬でいい競馬をしていたけど(ポジーの天皇賞5着には驚いた)、本格的に障害に乗り出したのは師匠の引退後だし、それほど上手いイメージもなかった。
それが気付いたらこの人の時代が来たか!というくらいここ数年の乗れっぷりが半端ない大ベテラン。
とにかく安定感があって勝負強い。
しかしこのレッドキングダムの末脚のキレはなんなんだ?
あれだけ押っ付けてたのに、横綱相撲のアポロマーベリックが唖然として止まって見えたほどの脚で軽々と差し切ってしまうディープ産駒。
馬もすごいが、障害騎手として最も輝かしい全盛期を迎えた北沢騎手のキレと冴えを、この大舞台で見せつけられた一戦だった。
でもアポロマーベリックはやっぱり王者だよ。
馬も騎手も美しいほど完璧なレース運び。
完璧な横綱相撲すぎて最後何かにヤラれるのもまた、中山大障害の風景。