親戚の若夫婦に女の子が生まれました。

場所は堺市

私は誕生祝いを口実に大阪へ向かいました。


その頃の私たち夫婦の間には、小さな亀裂が出始めている頃でした。


大阪へ向かう朝、駅まで夫はカバンを持って送ってくれました。

「あなたが悪いのよ!」

「・・・」

夫には何のことだかわかってはいなかったのかもしれませんが、後に私たち夫婦にとって最悪の事態になることがわかるのでした。


新幹線の中で、私は彼に会えるという喜びと私を受け止めてくれるのだろうか?

そんな一抹の不安がありました。


彼にはお昼には連絡をすることになっていました。


若夫婦の住む街は、大阪の南、駅は御堂筋線の北花田。

雨がかなり降っている日でしたが、私は雨のことより彼に早く会いたい気持ちの方が強かった。

若夫婦の家は社宅で、2K

寝室に使われているだろうと思われる部屋には、彼らの結婚式の披露宴で花嫁が持つブーケを押し花にし、

額に綺麗におさめられていました。

その押し花を作ってくれたのは、私の友人。


生まれたばかりの女の子はミルクの匂いがして、柔らかく温かだった。

でも、私が息子二人を生んで育てた時のような愛着はもてなかった。

人の赤ちゃんなんてそんなものなのかもしれない。


若夫婦は雨にもかかわらず、高島屋のモダン焼きの店に連れて行ってくれた。

そんな物食べている時間は私にはないのに・・・

お好み焼きの味なんてどこも同じだとおもった。


雨はあいかわらず降り続いて、食事の後に、堺市の市役所の展望室に案内してくれた。

あ~~~、もういいよ!私を解放して!!


展望室に上がるとそこから前方後円墳で、社会科の教科書に写真が載っている、仁徳天皇稜が見えた。

航空写真でしか知らない仁徳天皇稜はただのこんもりとした丘にしか見えなかった。

当たり前である。真上から見られるはずもない。


心のどこかで、早く開放されることを祈りながらも、雨の堺を楽しんでいた。

私が38才の時にネットで知り合った男性がいました。

彼は関西に住んでいるお医者様

チャットで話しているうちに意気投合して、

東京で会うことになったのです。

彼はホテルセンチュリーに泊まっていました。

彼の部屋に行くまでの私の心臓はバクバクもので、こんなことをしていのかな?

なんて思いながら

彼の部屋のチャイムを鳴らすとそこには髭をたくわえた私が今までに出合ったことのないような人が立っていました。

(あ~~、ダメだぁ~~、この人にはまってしまいそう!)

それが私の彼に対する第一印象でした。


彼の部屋に入った私は、緊張していて窓の外の景色ばかり見ていました。

ちょうど桜の花が咲く頃だったのです。


何も話したかは覚えていません。

彼がベッドに引きずりこむようなしぐさをみせましたが、私には応じられませんでした。

何時間か話をして私が帰るとき、

彼は私の身体を引き寄せて抱きしめてくれた。

その時の私は色気も何もなくって、ただお腹を圧迫されるので、オシッコをチビッてしまいそうになるのを必死でこらえていました。


彼との仲はその時だけでは終わりませんでした。

悲しい別れがくることは最初からわかっていたのに・・・顔