はじめに
ー「本当の自分」からのズレが病気を生んでいる!
「心が体を支配する」「病は気から」
言葉の技術、心理技術を駆使して、「脳の動かし方」を変化させる独自の方法により、身体面、メンタル面の症状を改善する。
実際には存在しない「思い込み」や誤った「セルフイメージ」などに気づくことで、脳の動かし方と言葉を変えていき、病気や不調を解消していく。
脳の動かし方を変えていくことで、病気をやめていった数多くのクライアントたち。
ズレとは「自分の人生を生きていない」というもの。
こうしたズレを起こしている原因は、実際には存在しない思い込みや誤ったセルフイメージ、それらをつくっている脳の動かし方。
「本当の自分」のまま、本来の「生きる目的」に沿って生きる選択を取り戻したとき、病気とは無縁になる。
ーまた新たな一冊のスタート。今回も朝の一読にふさわしい内容だが、より踏み込んでいる。克服したという具体的な病名を大々的に出しているところが面白い。こういうことを表立って口にすることははばかられるが、やはり気持ちを前向きに持つ人たちと一緒にいるのはとてもいいことなのはわかっている。自分の最大のテーマ「素直になる」にどれだけ近づけるだろうか。しっかりといい言葉を口に出して読み進めよう。
第1章 「自分の人生」を生きていないとき、人は病気になる
私が幸せを感じるのは、「生きる目的」につながる活動をしているとき
ーかなり踏み込んだ内容。「病気は生活の赤信号」というのは納得しうるが、万人受けはしないだろうと思う。自分の感覚だと、「病気になるのは今の状態をリセットしたいから」。自分自身が今、楽しく過ごしているのか、それとも自分に嘘をついて振りをしているのか、自分自身でもわからないことが多い。それを教えてくれるのが“病気”である。薬を飲んでしのげているうちはそれでもいいが、無理をしているなら必ず改善はせずに、動けなくなるというところまでいくだろう。自分はどうだろうか?50歳手前まで大病もなく長い期間休むこともなくやってこれたということは「これでいい」ということなのだろうか。今もこの朝の貴重な時間を使って考えている。これが自分自身の使命なのだろう。そして病気になったら、その状況を変えるとき、ということだ。それでいい。
「敵」だと思っているうちは、病気はやめられない
病気は「あなたは今、本来の『生きる目的』とズレた生き方をしているよ」というメッセージだと気付いていく。
本当の自分に対して「これまで無視しつづけてごめんね」と謝罪し、和解していく。
病気は敵ではない!本当の自分として生きるためのメッセージに気づこう
ーこれだけ聞くとむしろ早く病気になってよ!などと不謹慎なことを思ってしまう。病気にならないだけでなく、こうして毎朝元気に出勤できているということは、今のこの生き方でいい、ということなのだろうか。それならば、このモヤモヤとこの結果が出ていない、という整合性はどう取ることができるのだろうか。整合性とはつまり“自然と一体である”ということだ。きっと形而上学的には当然整合性が取れているのだろうが、自分にはまだまだわからない。引き続き考えてみよう。そして、自己啓発の罠であるところの“行動できなくなる”という状況に陥らないように十分に注意し、積極的に動く時間を確保していこう。
「失いたくないもの」に執着すると、病気をつづけてしまう
病気によってせっかく手に入れたものを失いたくない、というケースもある。
病気が治ることで好ましい関係性や状況を失う覚悟を本人ができるか否かが重要。
「この夫にこだわりつづけて時間を無駄にするわけにはいかない」
病気であればこそ手に入る、「心地よいメリット」に甘えていないか?
ーこれまた踏み込んだ内容。自分の考え方に「人を責めるのは自分に責任が及ぶのを回避するため」というものがあるが、つまりそういうことだろう。ただそれも、こうやって病気になるのも、そして復活するのも自然の流れだ。どう考えを改めたところで死ぬときは死ぬ、それがその人の役目、働きなのだと受け入れる必要がある。どちらでもいいのだ。
人の意識レベルと体のエネルギー量は、連動している
人間は生きる目的につながることに取り組んでいるとき、体から出るエネルギー量も非常に大きくなっている。
体から出るエネルギー量が少ないと、病気が起こりやすくなる。
人間の意識レベルは、体から出るエネルギー量によって17の段階を持っている。
ポジティブなエネルギーを出す「パワーの領域」。
ネガティブなエネルギーを出す「フォースの領域」。

(デヴィッド・R・ホーキンズ博士の研究より)
フォースの領域 意識レベル17「恥」~9「勇気」
「恥」こんな自分が恥ずかしい
「罪悪感」すべて自分のせいだ
「無気力・無感動」どうせ自分には無理だ
パワーの領域 意識レベル8「中性」~1「悟り」
「中性」まぁそんなこともあるよね
「許し」許す・すべて受け入れる
「理性」ありのままを受け入れる
意識レベルを上げていくと、病気をやめるいことにつながっていく。
自分の意識レベルを上げていければ、病気はやめられる!
ーまずこの表のように自分の無意識が気持ちの状態をつくっているのだということを理解することは大切だと思う。これこそが自分との対話のネタになり、「では、これからどうしていこうか?」という未来と行動に意識が移っていくのだ。
「これをやるために、病気をやめます」の「これ」は明確か?
「何のために病気をやめますか?」
目の前の病気という問題を回避することだけに集中しても病気はやめられない。
病気は本当の自分からズレていることへのメッセージ。
その人が本来持って生まれた生きる目的に沿った生き方をしていないことを教えてくれている。
「これをやるために、病気をやめます」
「やること」が明確で、それが生きる目的に沿っている場合、脳はそれを実現するために動き出す。
未来の欲しい価値に焦点が合っていると、体の運動神経をつかさどる脳の部位が活発に動き始め、それを手にするための体がつくられはじめる。
やりたことをさらに深めていくと、今やりたいことにつながるケースが多い。
あながた病気をやめたあとにやりたいことを思い出そう!
ーある人のことを思い出してしまう。彼女が“病気をやめて”やりたかったことは「二人の子供を育てること」だったはずだ。しかしそれは叶わなかった。だからこの説は虚偽だ、ということではない。彼女自身の表面上の意識は「二人の子供を育てたい」という明確なものだったかもしれないが、その深層心理、潜在意識はわからないのだ。だからこういう話の時に冷静な人は「本当はわからない」と言う以外にないのだ。彼女は自然の流れの中で、その役割を終えたのだ。もしくは“死”をもってその役割を果たしたのだ。人の死を前にして、自分はそう考える。これを誰かに伝えるという役割を担っているわけではなく、そのように考えて次、自分の役割を果たしていくのみだ。もちろんもっと身近な存在が死を迎えたときにはそんな冷静に考えることはできず、取り乱すこともあるだろう。だが、それもその感情すらも、自然から与えられた役割、働きであると思うのだ。一体なぜこのような仕組みになっているのだろうか。不思議だ。
第2章 「脳の動かし方」を変えれば、病気はやめられる
「脳内プログラム」を変えて、不具合を起こす細胞の再生産を止める
新陳代謝…人間の体は約60兆個の細胞で構成されている。
胃壁や腸壁の細胞の新陳代謝のスピードは数日、皮膚で約一か月、筋肉二か月、血液(赤血球)で約四か月、骨五か月、脳で約一年。
脳内プログラム(言語パターン・思考パターン、そして脳から体に出される指令のパターン)そのものの新陳代謝が進まないと、本当の意味での体の新陳代謝が起きない。
病気を「やめられるか、やめられないか」のカギは、脳が握っている。
自分の脳をどう動かし、その結果、脳が全身に対してどういう指令を出していくかで、病気は消えたり、なかなか消えなかったりする、と考えられる。
脳の動かし方を変えて、脳内プログラムを「病気が起きるパターン」から書き換えよう!
ー考え方を前向きにするか、後ろ向きにするか、それだけでのことなのだが、これが本当に難しい。あくまでも自分の問題だ。なぜ自分自身が前向きでいられないか、という話だ。そしてどうしたら“心の底から”前向きになれるのか、というのが問題だ。一方で、顕在意識にはそういう問題があると思うが、潜在意識はどうか、というのもある。潜在意識は見えない。実は自分は表面的には後ろ向きなほうだと思っているが、その深層心理は楽観的で、前向きなのかもしれない。だからこそ、なんだかんだで健康で毎朝人よりも早く出社して一人で朝礼なんかを元気よくやっている、やれているのではないだろうか。ここのところは自分の中で「俺は実は楽観的である」「本当のところは前向きである」「今の状況も面白がってやっている」と思いこんでもいいかもしれない。
「~したい」に力点を置く人は、病気になりにくい
病気になりやすい状態「危機回避モード」
自分が「危険!」と感じる状況に遭遇した時に生じる、動物に本来備わっている反応。
病気になりにくい状態「成長モード」
緊張がゆるんだ状態。危険に備える必要がないため、筋肉だけでなく内臓にも血液が十分に集まり、その機能が高まる。
「自分の内部で使う言葉」と「そこから発生する脳の動かし方の癖」が大きく影響する。
「苦痛系思考」
不安、恐れ、嫌悪、怒り…ネガティブな感情を生じさせる事態に遭遇するのを避けるための決断や判断。「~しなければならない」「~すべき」
・怒られたくないから、約束の時間を守る
・嫌われたくないから、相手が喜んでくれることをする
・見捨てられたくないから、イベントにはできるだけ参加する
・貧乏になりたくないから、仕事をまじめにする
コルチゾール・テストステロン・ノルアドレナリン
「報酬系思考」
「~得たい」という思いが第一にあり、それに突き動かされて、様々な決断や判断をする。
・自分の仕事を通して、世の中に貢献したい
・自分の感性を生かした芸術作品を発表して、世の中を刺激したい
・同じ悩みを持っている人たちに、自分の経験を生かして気づきを与えたい
ドーパミン・セロトニン・オキシトシン
やる気ホルモン・快楽ホルモン・幸せホルモン・愛情ホルモン
苦痛系思考が癖になっていると、病気になりやすくなる。
報酬系思考が癖になっていると、病気を寄せ付けにくくなる。
脳の動かし方を「~したい」を基準にする報酬系思考に切り替えよう!
ー報酬系思考「~したい」に持っていこうとするのはいいことかもしれないが、無理やりそう思い込もうとして、かえってこじらせてしまっている場合もありそうだ。潜在意識は見えないからやっかいだ。本当の心の奥底では憎しみがあるのに、子供に愛情を注いでいるように振舞っていると、その反動はどこかに出てくるだろう。しかしその反動の元が何かはわからないことが多い。だからこそ自分自身はこのような本に出会えたことに感謝して、なるべく自然体でいられるように、気持ちを楽にして、楽しく過ごせるようにしていきたい。「無理はよくない」というのもこういうことだろう。
現実とは、あなたの勝手な思い込みに過ぎない
・人生は思い通りにならない
・何事も努力しなければ達成できない
・楽してお金は稼げない
・私はバカだ/私は弱い/私は孤独だ/私は大した人間ではない/私は無力だ…
思い込みもセルフイメージもすべてが事実ではない。
現実に存在しているものと勘違いしている。
自分が勝手に現実にしてしまっているに過ぎない。
自分の思い込みが、根拠のない勝手なものなら捨ててしまおう!
ーネガティブな思い込みから自分の力だけで抜け出すのは相当難しいだろう。切り返すタイミングを持たないからだ。だからこそ人の力を借りる、ということが重要だ。そして、人の力を借りることができる人は実は大丈夫だ。人とのつながりの中で社会は形成されているからだ。そう考えると最も死に近づかせる要因は孤独ということになるのではないか。堀江さんが幸福の条件に挙げているのが“良い人間関係”というのがよくわかる。特に家族がいない人は孤独に陥りがちだ。最近、「新しい現実」を探し回っているが、その中で一人世帯の激増という状況を目の当たりにする。ここにかなり大きなひずみが生まれているように感じる。この問題を解決する方法が見つけられると当然それは価値になるだろう。
「気づく・許す・実行する」病気をやめる3つのステップ
①病気を発生させていた自分の中にある思い込みやセルフイメージに気づく
②そうした思い込みやセルフイメージを、何のために持っていたのかを分析し、思い込みやセルフイメージを持っていた自分に責任を取り、自分を許す
③本当の自分として生きることを決断し、本当の自分を象徴する行動を考え、その行動を日常の中で実行する
①「私は独りぼっちだ」という思い込み。それを否定的にとらえている自分。「私の周りから人がいなくならないように、喜んでもらえることをしなければ」
一見ポジティブに見える思いの中に、苦痛系思考を発動させるネガティブな思い込みやセルフイメージが隠されている。
②「私は独りぼっちだ」という思い込みを持っていた自分を許す。おしまい!
③これまでいろいろな言い訳をつくっては避けてきた「本来の生きる目的に沿って生きる」という生き方を選択していく。
思い込みやセルフイメージの誤りに気づいたら、ただそれを許せばいい!
ー一見ポジティブに見える発言や行動の奥にネガティブな動機がある場合が多かったりするから厄介だ。しかしそれが病気となって現れるというから面白い。逆に、一見ネガティブに見えてその実健康であるということは深層心理、潜在意識はポジティブで健康的だということなのだろう。やはり全ては体に現れるということだ。ということでここまで大きな病気もなく過ごしてきたということは、この生き方でOK!ということか。そしてそれをなるべく広げていくことも役割かもしれないし、そこまでは求められていないかもしれない。すべては自然の流れのままに、か!
第3章 あなたが「許していない自分」に気づく
許していない自分に気づき、受け入れていく
子宮筋腫や卵巣嚢腫、子宮頸がんなどの婦人家計疾患の場合、その背景を探っていくと「男性に勝ちたい。負けたくない」という思いや、女性性の否定があることが少なくない。
自らの女性性を捨てるために、女性器をダメにする方向で脳が動いていしまう。
不妊、流産を繰り返すケースも女性性の否定が多くある。
1990年代以降、子宮頸がんが増加傾向にあるが、1986年男女雇用機会均等法。
1990年代後半、子宮頸がん急激に増えたのは、1997年男女雇用機会均等法、改正。
「いまだ男性中心のビジネス社会で勝ち残っていくには、女性であることは不利だ」
自らの情勢性を否定しながら仕事にまい進する女性たちが増えたことが背景にある。
膠原病、バセドウ病などの難病は、「私は弱い人間だ」というセルフイメージを持っている一方で、そんな自分が許せないという思いも強く、強い自分になろうと努力を重ねる手段の一つとして難病を選んでいる。
「そんな厄介な『敵(難病)』と闘い続けている〇〇さんは、すごいですね!」という評価を望んでいるから難病になる。
思い込みやセルフイメージと病気との関係をさらに探っていくと、そこにはその人が許していない自分というものが見えてくる。
「男性に勝ちたい」「女性性の否定」「女性である自分を許せない」女性器を破壊する方向に脳が動く。
「弱い自分を許せない」から難病という手段を選ぶ。
自分に対して許せないことに気づき、そうした許していない自分を受け入れ、許していけるようになると、脳はそうした攻撃をやめる方向にシフトしていく。
自分が、どんな自分を許していないのかに気づく必要がある。
その糸口が、今の自分を縛る思い込みやセルフイメージ。それらを持つに至った背景や経緯を深く掘り下げていくことで、思い込み、セルフイメージを手放していくことができる。
自分の中の「許していない自分」の存在に気づこう!
ーかなりの“とんでも”発言で、これ見つかったら大問題になるだろう。ただ病気になる前の気持ちが暗かったり、何となく元気が出なかったりしている人には意味のある話だと思う。力不足な自分、勇気のない自分をいくら嘆いても仕方がない。美点発見、長所伸展が全てと言っていい。仕事でなかなかそうはいかないのは活躍の場所が違うからだ。雇用の流動性はその意味でも重要だということが言える。長年勤めたから給料が高止まりしていると向いてもいないのに続けざるを得ないことが多い。それよりも給料が減っても向いている仕事、もしくは仕事そのものが向いていないのなら短時間の仕事に移行したっていいのだ。とにかく向き不向きを根っこに考えないと辛いばっかりだ。
あなたを苦しめているのは、思い込みが生んだ自分のルール
どうすれば自分に強固にへばりついたもの(自分のルール)を、単なる思い込みと気づけるのか?
答えの一つ、「自分の日ごろの言葉遣いから探っていく」
「~べき」は要注意。「親の言うことには従うべき」「正直でなければいけない」など、一見小さな出来事も、積もりに積もると自分の本当の生きる目的からどんどん遠ざかってしまう原因になる。
答えの二つ目「自分の中に生じているネガティブな感情を手掛かりにする」
「イライラする」「むかつく」「不安になる」「怖くなる」「辛く感じる」「寂しく感じる」などネガティブな感情は、自分の中にある「こうあるべき、こうあってはならない」という基準に、“ほかの人”や自分が反した時に生じるもの。
株のデイトレードで稼いでいる友達にイライラする。「お金は努力して稼ぐべきだ」という思込みを自分は持っていた。努力せずに大金を稼いでいるように見える友達に対してイライラを感じた。そこに気づいた途端、私はこんな思い込みでイライラしていることが急にバカらしくなった。
努力せずにお金を稼ぐ方法はいくらでもある。「努力しなければいけない」と、わざわざ自分を縛る必要はない。「お金は努力して稼ぐべきだ」という思い込みを外していく。
自分にとってのルールは、多くの場合、ほかの人にとってルールではなかったりする。
自分独自のルールに縛られ、自分本来の生きる目的に向かって生きることができず、自分を苦しい状況に追いやってしまっている。その状態を放置してしまえば病気になりかねない。
言葉遣いやネガティブな感情をきっかけに、自分の「ルール」を見直そう!
ーかなり「~せねばならない」「あるべき」からは解放されてきたと思うが、それでもまだまだ凝り固まったところはある。それが自分を追い込んでいるのは感じるが、逆にそれを手放してしまって収入がなくなってしまったとき、どうやって家族を養っていくのだろうか。もし誰かに相談されたら「それはパートナーとしっかりと話合うことだ」とアドバイスするだろう。しかし自分はそれを妻に話すことはない。妻も子供たちも自分も幸せというちょうどいいバランスはどこにあるのだろうか。探り当てたい。
ポジティブなセルフイメージの裏に、「愛されていない自分」が潜む
・優柔不断な自分が嫌い
・小さいことでクヨクヨする自分がイヤ
・怒りっぽい自分を何とかしたい
ポジティブなセルフイメージの裏に、そうはできないネガティブなセルフイメージが隠されている。
・自分はダメな人間だ ⇔ 人の役に立ちたい
・自分は誰からも愛されていない ⇔ 困っている人たちを助けたい
・自分は世の中から必要とされていない ⇔ 世界に貢献したい
「一見ポジティブなネガティブ」「~したい」とポジティブに思えば思うほど、そこに潜むネガティブなセルフイメージが強化されてしまう。
光と影の関係。光が強くなればなるほど、影も濃くなる。
自分が「~したい」と思ったとき、「それは、自分にとって心底楽しいことであり、生きる目的につながっていることなのか?それとも、マイナスな状況を避けたいがためなのか?」という問いを必ず入れる。
Q.「なぜ、人の役に立ちたいのだろう?」
A.「人に喜んでもらいたいからだ」
Q.「なぜ、人に喜んでもらいたいのだろう」
A.「自分が認められた気がしてうれしいからだ」
Q.「なぜ、人に認められたいのだろう?」
A.「それは、自分で自分のことを認めていないから。つまり『今の自分ではダメだ』『今のままであ不十分だ』と思っていたのでは…」
自分にどんどん質問し続けることで、ある瞬間にその奥にあるネガティブなセルフイメージに気が付く。
その「セルフイメージ」が、自分が勝手に作り上げた幻影であると気が付けばいい。
あなたの「~したい」の理由を、自分に何度も問いかけて掘り下げてみよう!
ー自分との対話が本当に重要。スマホを伏せて自分の頭で考える時間を作ることだ。「なぜ」この繰り返しをしていく。「なぜ今こんなに不安なのか?」「思ったように業績が上がらないから」「なぜ業績が上がらないのか?」「普通で飽きられているから」「なぜ飽きられているようなことをやり続けているのか?」「ほかにやることが見つからないから」「なぜ見つからないのか」「諦めているから」「なぜ諦めているのか」「もう思いつかないから」「なぜ思いつかないのか」「考えていないから」「なぜ考えないのか」「つまらないから」「なぜつまらないのか」「好きじゃないから」…こうやって突き詰めていくことは大切だろう。
愛されていない欠落感情が、過剰な「自分磨き」に走らせる
「自分を磨く」というポジティブな行動の動機を深く掘り下げると、その裏にネガティブなセルフイメージが隠れていることが少なくない。
「私は誰からも愛されていない」
「愛されないのは、自分に何かが欠けているからだ」
「誰からも愛されない自分は、一人で生きていかなければならない」
「楽しさ」を感じる余地はない。「~しなければならない」という義務感に突き動かされている。「苦痛系思考」がフル稼働で、体は常に危機回避モード、病気にならないほうがおかしい。自分を「休ませてあげる」余裕がほとんどない。
「私は誰からも愛されていない」というセルフイメージの多くは、0~1歳のころの親との関係が大きくかかわっている。
「小さいころに、親からたっぷり愛情をもらった感覚があまりない」という記憶に端を発している。
記憶を書き換えていく必要がある。記憶の書き換えは決して不可能ではない。
自分のセルフイメージの中に、「私は誰からも愛されていない」が潜んでいませんか?
ー0~1歳のころの親との関係が原因というが、これは本当にわからない。結局のところは本人の才能だと思ってしまう。小さじ一杯の愛情でも「私は愛されている」と思える人もいるし、逆に愛情にひたひたに浸かった状態で育てられても「愛されていない」と感じる人もいる。川島なお美さんの例を名前を伏せて出しているが、これも本人に聞いてみないとわからないことではないか。本は宣伝だとは思うが、実際の人の扱いには注意が必要だ。だからこそ名前を伏せているのだろうが…。それにしても自分が今思うのはやはり『才能』と『年齢』だ。能力的、才能的には40歳がピークだ。そこからあとは落ちていくだけなので、40までに資産をつくっておいて、そこから資産運用年200万ぐらい得るという感じがいいのではないだろうか。給与所得年500万(こちらは年々減っていく)+資産運用200万(こちらは年々微増が理想)の700万が年間収入だ。
資産運用200万というのは、①例えば5000万の資産を年利8%で回す。400万だが、引き出すのは200万だけにして200万は再投資。そうすると②翌年は5200万の年利8%で416万。200万引き出して③5416万で翌年運用する。翌々年は433万のうち200万を引き出し5416万+233万=④5649万で運用。運用益8%は451万、200万引き出し5649万+251万=⑤5900万。つまり6年目には毎年200万引き出しても資産は6000万を超えることになる。これで安泰、心の平穏を確保しながらストレスのない働き方をして幸せになればいい。
そこまではいかないが、自分の場合は2000万の資産を回している。
①2000万 8% 2160万 ②2160万 8% 2332万 ③2332万 8% 2518万
④2518万 8% 2719万 ⑤2719万 8% 2936万 ⑥2936万 8% 3170万
⑦3170万 8% 3423万 ⑧3423万 8% 3694万 ⑨3694万 8% 3989万
ということで年利8%で回し続けると、10年で2000万増の4000万になる。
これはなかなか魅力的な話だ、と思うようにしよう。心の平穏は本当に大切なことだ。気を付けなければいけないのが健康だが、それこそ神のみぞ知るところ。やはり大切なのは明るく朗らかに生きることだろう。
セルフイメージの歪みが、ネガティブな「人生の前提」を生む
人生は、その人の、まさに人生の前提通りに進んでいく。その人にとって人生の前提以外のことは存在しないので、それ以外の発想が出てこない。そのため、人生の前提以外のことは起こりえない。
人生の前提に、「正しい」も「正しくない」もない。
「人生は思い通りにならない」「人生は苦労ばかり」という前提で進むと、ひたすらネガティブな感情に苦しめられる。
自分が持つ思い込みやセルフイメージを探っていく。
あなたの人生の前提を変えれば、人生そのものの流れが変わる!
ー10代の頃、自分ほど根暗な人間はいないのではないかと思っていた。そういう本、映画、音楽を好んで聴いていたが、考えてみれば、そういう根暗が多いから情報も多くあったのだろう。一方で、自分は面白いテレビ番組やお笑いも好きだったし、今も好きだ。「人生の前提」とはポジティブ、ネガティブの相反する概念というわけではなく、その人の中のバランスの話なのだと思う。単なるポジティブなだけの人に面白さや深みはないし、ひたすらネガティブなだけの人はそもそも存在すらできないだろう。その比率をTPOに合わせて変化させていくことで、幸せに向かっていけたらいい。この比率を「ポジティブン⇔ネガティブン」と呼ぶことにしよう。
ネガティブな「解釈グセ」を捨てる
セルフイメージとは「過去の記憶」
そのきっかけのほとんどは、誰かの言葉。その言葉を解釈しているののは他ならぬ自分。思い込みもセルフイメージも、まわりから言われた言葉に対する、自分の勝手な解釈に過ぎない。
「思い込みやセルフイメージが存在するという証拠はどこにありますか?」
自分で自分を徹底的に否定する傾向が強い。思考の癖が、そのまま病気として現れている。
「子供のころから、人と違うことは悪だと思い込んでいた。何それ?」
長年の癖、ふとした時にまた出てくる。
「あっ、またこの思い込みが出てきたんだな」「それは思い込みであって、事実ではないよね」と流していけばいい。
それを繰り返していく中で、病気をやめていく人も少なくない。
「あの時、お母さんからこういうことを言われて傷ついた」と思いをぶつける。
「えっ、そんなこと私言ったっけ?」本人は覚えていない。
拍子抜けの体験を通じて、自分を苦しめてきた思い込みやセルフイメージから解放されていく。
過去の記憶など、実際はこんなもの。まわりからの言葉や出来事などを自分が自己流に解釈して、それによって苦しめられ続けるだけ。
自分の思い込みやセルフイメージの原因となっている過去の記憶と向き合い、解釈し直していけばいい。
セルフイメージとは、まわりから言われた言葉に対する自分の解釈に過ぎない!
ー興味があるのは、果たして、解釈をし直すということが本当にできるのだろうか、ということだ。思考の癖を直すのは難しいのではないか、と思ってしまう。自分はやはり能天気で自己中心的で、そして何よりも自分というものが何か少しは人よりも優れた部分があるということを心の底から思っているところがあるのだと思う。だから落ち込んだり傷ついたりしながらも、どこかで切り替えができるのだろう。なるほど、そういう人が落ち込んだままになっているときに、カウンセラーと話すことで自分の本来持っている自信を取り戻すということになるのか。自分の場合だとそれが本だった。コスパがいい。もう一つ自分の強み最後に…ピンチの時の踏ん張りが強い!
周りに振り回される人ほど、病気になりやすい
外的基準…病気になりやすい。周りの情報に合わせ、自分自身をないがしろにしかねない。うまくいっているか、そうでないかを、外部からの反応や、他者との比較の中で判断していくことになる。「批判されたらどうしよう」「負けたらどうしよう」といった不安や恐怖が常に付きまとう。踏み込まれた感のようなダメージを自分の中に残してしまう。
内的基準…「私は私。あなたはあなた」と線引きすることを恐れない。「私はどうした?」と、常に自分の意見に耳を傾ける。「私は私として生きていく」
自分と周囲の間に線引きをして、ひたすら自分のゴールに向かって進もう!
ー自分のゴールは決まっている。それは「楽しく暮らす。幸せに生きる」だろう。この目的をしっかりと据え置く、ということが大切だ。「なんのために?」これを常に思い出そう。あとのことは全て手段だ。迷っている人がいたら近づいてつぶやく「幸せになるためでしょ?」と。まぁ言わないか。先日ものが捨てられない親の話を聞いた。心の穴をもので埋めることはできない。過食嘔吐を繰り返す人も同じことだろう。まず自分が幸せを目指しているということに気づかなければ。そのために文章を書き、トイレを掃除、環境整備を徹底していく。よくわかる。
つらい出来事の意味を問うことで、「生きる目的」が見つかる
ネガティブな人=ネガティブなセルフイメージを持っている
ネガティブなセルフイメージ=自分自身に対する許せない思い
・思い通りの結果を出せない自分が許せない
・いつも他人にビクビクしている自分が許せない
思い込みやセルフイメージから自由になるということは、そんな自分や他人、出来事を許していく、ということ。
ただし、無理に「許そう」と頑張る必要はない。逆に「ポジティブぶりっ子」になってしまう。
まずやってほしいこと「過去から現在まで、病気も含めて、自分に起こったことや出会った人たちが、自分の人生にとって「何を学ぶために、何に気づくために必要だったのか、どんな意味があるのか」を考えること。
人生には必要なことしか起こらない。「何かに気づく必要があって、そのためにこの体験があったのだ」
「この体験は、自分にとって、どんな意味があるのだろうか?」と自分に問いかけ始めると、脳は自動的にその答えを探し始める。
そうすると、ほかの過去の記憶も次々と思い出し、記憶同士が芋づる式に結びついてく。
ばらばらだった過去の記憶がそれぞれ結びついていく中で、そこに共通するテーマが見えてくる。
「全てその学びのためのものだった」
「私は、こういうことを成し遂げる目的で生まれてきたのだ」
「必要だから起こっているだけでなく、目的を成し遂げるために、わざわざ自分で選んだ」
受け身の状態から、“主体的”に自分が選んだ、と捉え方が変わる。
ここで、脳の動かし方が“苦痛系思考”から“報酬系思考”に変わる。
何かを成し遂げるために、判断や行動をする自分に変わっていく。
人は、自分本来の生きる目的に向かって行動をしているとき、生きている実感を味わい、強い幸福感を感じる。
やる気を促すドーパミン、幸せ感じるセロトニン、愛情感じるオキシトシン、幸せ脳内物質体内分泌。
自分に起こる出来事、出会う人のすべてを受け入れられるようになり、許せるように変わっていく。
自分にとってつらかった経験、自分を苦しめた人たちについても、受け入れ許すことができる。それどころか「そのおかげで今の自分がある。ありがとう」と感謝まで行く。
大嫌いな母親を通して、彼女は何を学ぼうとしているのか?なぜ彼女が、この人生において、わざわざその大嫌いな母親を選んだのかを探る。
気づき「その母親を通して、自分は鈍感さを身につける必要があったのかもしれない」
「まわりが何を言おうと別にどうでもいい。周りに振り回されることなく、自分の意見を言っていく。そうした生き方を母から学ぶ必要があった」
自分に起こる出来事や出会う人のすべてについて、「自分がわざわざ選んでいるのだ」という感覚を持てるようになると、何が起きてもあまり動じなくなる。
もちろん何かアクシデントに遭遇した直後には、焦ったり不安になったりイライラしたりといった感情の激しい動きがあるだろうが、それが不用意に長引くことがなくなる。
厳しい出来事も、「自分にとってその意味は何?」を問い続ければ、受け身の姿勢から脱却できる
ーまさに今の状況がそうであろう。コロナ禍に自分が毎朝元気で出勤できているのは、自分にその役割が備わっているからだろう。またコロナ前に毎日の飲酒をやめようと決めて、現在も週3日は飲まない日を続けていること、そして一人朝礼など、やっていることには意味があるのだろう。このタフさは確かに自分の役割なのだろう。もちろんずっと張りつめているの切れてしまうので、抜き方も大切でまぁまぁうまくやっている。そして面白いのが、この考えを少しずつ話す人が増えているということだ。大々的に、というわけではなく、自分の力量の範囲内でできていることはなかなかいいなぁと思う。業績が伴わないのも、調子に乗らないような調整弁と言えるかもしれない。これからも「人生の目的は“楽しく暮らすこと。幸せに生きること”」「そのためには“素直”になること」「美点発見/長所伸展」など自分の経験を踏まえて無理なく広めていけたらいい、と思う。
第4章 本来の「生きる目的」に向かって生きる!
「できる・できない」と「やる・やらない」の間の大きな違い
「それだけのお金がないから、やっぱり無理かな…」
「家族を説得できる自信がない」
「うまくいかなかったら、みっともない」
「今は仕事が忙しいから、もう少し落ち着いてからにしよう」
人間は、さらにいえば生命は、基本的に変化を望まない。
ホメオスタシス=生体恒常性(様々な環境の変化を受けながらも、常に同じ状態を維持しようとする働き)
生存本能、生き延びるために必要な反応だから、「変われない」と自分を責める必要はない。
ただし、病気や不調の状態を「やめたい」と思うのであれば、こうした変化への恐れを解消していくことが重要。
病気を本気でやめたいのなら、変化を受け入れる覚悟を決めること。新しい自分(=本来の自分)として生きていく第一歩を踏み出す。
自分が「やりたいから、やる」、「やりたくないから、やらない」という判断基準で、次々と行動していけ。周りからどう言われようとも、自分の意志ですべて決め、行動し、前に進んでいけ。
内的基準で行動する人は、失敗や停滞が自分の人生においてどのような意味があるのかを考える。
言い訳はやめて、「やりたいから、やる」で行動しよう!
ーあくまでも、病気の人がその病気を手放すために、という話だから注意しよう。自分は今の状態で元気で健康で緊張感もありつつ日々取り組めているのだから、これでいい。具合が悪くなった時、体が動かなくなった時が考える時だ。今はとにかくやっていればいい。とてもありがたいことだと思おう。
「変化していく自分」をシミュレーションしていく
病気や不調の状態をやめたいのであれば、今の自分が変化するのを恐れないこと。
人間は、変化を恐れる生き物。ホメオスタシスの働き。
急激な変化は急激な反動を引き起こす。ダイエット×リバウンド
「スケーリング・クエスチョン」=段階的なイメージトレーニング
生活、仕事、家族、交友関係、その状況に対して、自分がどう対処していくといいのかまでをシミュレーションして準備しておく。
すると…「10点満点に変化した自分」を通常の自分として素直に受け入れられるようになる。「10点満点に変化した自分」として行動し始める。
一気に変わろうとすると、反動も激しい。変化を小刻みにして、楽しもう!
ーとてもよくわかるが、今の自分に必要なセッションだろうか。仕事での成果に対する不安はあるが、正直ここから挽回するのはかなり難しいと思う。しかし、社員もいるのでなんとかしなければならない。この「~しなければならない」が自分の本音を隠している。本当にやりたいことではないから、当然成果も出ない、ということ。「成果とは成長の果実」つまりここから先の成果は、何かしらの成長がないと出ない。どの分野で成長するか、がポイントだ。そしてこの“どの分野”というのがもはや仕事ではない、というところがすごい。実際に50歳を前にして、老眼はじまり、体力がなくなり、商売に関して新しいアイデアも出てこない、という現実がある。ルーティンは高いレベルでこなせるとして、そこに成長はない。「10点満点に変化した自分」と聞いてイメージするのは「人前で弾き語りをしている自分」だったりする。当然これでは収入を得るのは難しい。仕事に関して言うともはや自分自身が“既得権益化”しているのは十分すぎるほどわかっている。既得権益とはつまり成長もないのに今までと同じ成果を得続ける、ということか。これこのままでは体調に影響が出そうだ。そうなってからの辞職を受け入れざるを得ないのか。ここまで気づいているのに…惜しい。
「私のことは私が決める」のを許していく
そもそも人は、自分自身だけでなく、自分のまわりの人が変化することにも恐怖を感じる。
なぜなら、自分の周りで誰かが変化し始めると、その余波を自分も受けてしまうから。
周りの誰かが変化し始めると、人は動揺する。
「自分はこのままでいいのか」自分だけが取り残されたようで不安になったり…
意識的にせよ無意識的にせよ、相手の変化を阻止しようとする。あの手この手を使って。
周りからの阻止は必ずあると想定し、どう対処していくのかをあらかじめ準備しておく。
重要なことは、「自分が変化していくこと」。即座の対応が不十分でも、「変化する自分」さえキープできていればいい。
「自分で決めていく人間になる」
病気をやめようと思ったら、内的基準で生きる自分を許してあげること。
「それは□□君の意見であって、〇〇ちゃんの意見ではないよね」
「そういう考え方の人もいるんだ。以上」で終わらせてOK。
「〇〇ちゃんは〇〇ちゃんのままでいい」
外的基準で物事を決めるのが癖になると、自分の中で、他人の意見が非常に重要な意味を持ちがち。下手をすると「それが100%正しい意見」と思い込んでしまう。
「この人は、こういう考えの人なんだ。私の考えと合わないな~」で終わり。
「私のことは私が決める」のを自分に許す。覚悟する。
「それはAさんの意見で、私の意見ではない」という内的基準によって、人生をコントロールできる。
ー「そんなの当たり前」と思いつつも体調が悪くなるほど病的に外的基準に左右されてしまう人のことは実はあまりわからないのだろう。「自分のことは自分で決める」だが、仕事では組織の論理が優先される。ならば、合わない組織とは離れればいいだけだが、果たしてどのくらいの人が軽やかに組織から組織へ移動できるだろうか。今まさに大きな変化の渦中にあると思う。なるべく妻には伝えておきたい。相当タフにできてはいるが、ここから先の仕事はどうなるか本当にわからない。逃げだすようなことはないが、だからこそ病となって出てくる可能性はある。そしたら辞職で、そこから第二の人生だ。もしくはそこで今回の人生が終わるか、それはわからない。その先にまた役割があれば生きるだろう。なるほど自然の法則に適っている。
あなたの「思い」を、恐れずに言葉にしていく
「私のことは私が決める」というスタンスで生きる。
病気とは、自分が外に向かって言葉で表現できていないことや、自分の基準に合った生き方ができていないことが、様々な症状となって現れたもの。
親、パートナー、子ども、友達、会社、世間、そして自分自身に「言っていないことがある」「自分の基準を表に出せずに、我慢していることがある。あきらめていることがある」
人は口で言えばすむことを、体で表現する。
人間は、欲しいものを手に入れるために、病気になって命すら懸ける。
本気で病気をやめると決めたのならば、自分そのもの、思いや気持ちを、すべて言葉できちんと出していくのを恐れないこと。それをしていかなければ病気はやめられない。
自分を表に出すことは怖くない。
本来の生きる目的に向かって生きていくには、言葉を介したコミュニケーションは必須。言葉を介して、自分の進む道を切り開いていく。
病気をやめたければ、自分の思いを言葉できちんと伝えよう。
ー自分で自分を労うよ。本当によくやっている。それにしても体を壊さなずここまでやってこれた。これが自分の役を全うしているということなのか。病気になることだって、一つの役割とも言える。一番いいのは、細かいことを考えないで生きられることだろうが、なかなかそうはいかないのも現実だ。だったらしっかりと(人の力を借りながら←ここ重要!)開き直りつつ考えるのがいいと思う。そういう人がいるかどうかもまた分かれ道か。分かれ道というか役目だろうが。
本来の「生きる目的」を、今の社会で実現する方法を考える
職業は職業として別に持ちながら、趣味やライフワークとして、生きる目的に沿ったことを実現している人たちはたくさんいる。
白血病のような血液に関する病気の場合、その背景には「自分の人生には喜びがない」という思いが強くある。
これまでの職業を続けながら、生きる目的を実現していくことはいくらでも可能。
一方、頭をひねれば、生きる目的を通じて対価を得るアイデアはいくらでも見つかるはず。
・ミュージシャンとして、私の音を通して内なる自分とつながってほしい、という目的でビジネスをしながら年収数万円を得ている人がいる。
・自分の病気を通して本当の自分を取り戻すことができた。世の中の同じ病気で苦しんでいる人を助けたい、という目的でコーチ・カウンセラーとしてビジネスをしながら年収5000万を超えている人がいる。
「今さら実現は無理だ」という夢の場合は、その思いの「さらに奥にある欲求」を明らかにしていく。
■人を笑わせることで、その奥で何を得たいのですか?
■物語を考えることで、その奥で何を得たいのですか?
・私は、ただ病気を治したいのではなかった。その人の生き方を変えていくサポートをしたかったのだ。
・私は学校の先生をやりたいわけではなかった。人はもともと自由であるということを、多くの人に伝えたかったんだ。
少しずつ、本当の自分がやりたいことを世の中で表現できるようになっていく。それに熱中している間、自分が病気であることを忘れている人が少なくない。
生きる目的の実現が職業では難しいなら、趣味でできないか考えよう!
ーまさに成熟した社会における現代的な考え方だ。常々思う。仕事をさぼってやれることは脳みその活動を停止させることぐらいだ。それならば、仕事の時間を物理的に短くして、趣味の時間をつくってそこで思いっきり自分のやりたいことをやったほうがいい。たとえ収入が減ってもそちらのほうが幸福感は高いはず。例えば子供は育てなければならない、というなら、それはパートナーとよく話し合うべきだ。それこそ“自分の本当の想い”をきちんと表現することが大切ということだろう。そこで無理に我慢してやりたくもない仕事を長時間、自分を押し殺してするから体が拒否反応を起こすのだ。と、他人のことならそう言える。しかし自分はそうはしていない。それでも元気よく出勤できているのが面白い。こういう例外もあるのだろうか。いや、自然の流れにおいて例外などない。自分自身どうやって“弾き語り”の時間を捻出しようか考えている。つまりそれが今の自然の流れということか。商売についてはほぼギブアップ状態だ。諦めきれずに選んだ“イノベーション道場”などという本もなかなか読み進めることはできていない。それも当然またよし。自分がどうしたいか、こうやってしっかり考える、というのも今やるべきことなのだろう。ふと思う。小6の長男の態度が気に入らない。この思いの根底にあるものは、「自分が我慢して我慢して嫌なことをやって卑屈に笑って人のご機嫌取って働いて稼いだ金で育ててやっているのに、なんだ!」ということだろう。一方で「毎朝一番に元気に出社して一人で朝礼などやって自分を奮い立たせてやっているおかげで、ここまで大きな病気をすることもなく健康でいられるのも、家族はじめ誰かしらの役に立てているからだろうし、これからも今の働きで貢献があるから病気にならないだろう」という感謝の気持ちもある。結局はバランスということだ。
いろんな自分をリハーサルして、「自分」を自由に着替えていく
本来の生きる目的に向かって生き始めた途端、人生が順風満帆に進むようになるかといったら、実はそんなことはない。
ただ、これまでの人生と違うのは、それを乗り越えることで生きる目的にまた一歩近づいていいける、ということ。
壁を乗り越えることそのものはつらくても、苦痛系ではなく報酬系の脳が活発になる。
それぞれの場面で、どういう自分なら物事を前に進めやすくなるのか、どういう自分なら楽しく過ごせるのかを考えて、その時分に着替えて事に当たる。
今、目の前にある壁に対して、もっとも乗り越えやすい「自分」を選んでいく。
「自分の身の回りや、世の中で起こっている出来事とダンスする。
外的基準に振り回されているときと、生きる目的に向かって生きているときとでは、同じその場に合わせることでも、脳の働いている部分が全く違う。
自分の意志での行動、自分の意志を持って自分を七変化させている。
色々な自分をシミュレーションし、リハーサルしておく。
人間としてのふり幅を広げていく。
その場にふさわしい「自分」に、どんどん着替えていこう!
ーここが実はかなりの難所ではないだろうか。一山超えて「本来の自分」で生きていこう、となっても、すぐにこの壁にぶつかって、また病んでいく感じが見える。無理やり明るい人にありがちな怖さ、ちょっと距離を置きたい気持ちになる。できるなら自然体でいることだろう。別に無理して踏み込む必要などない。結局は「人は人、自分は自分」だ。
「着ぐるみテクニック」で生きる目的が加速する
自分にとってモデルとなる存在。全く別人になることで、「生きる目的」を加速度的に前進させることができる。
その人のリアルな姿に近づける必要はない。あくまでも自分があこがれる部分にフォーカスしてイメージすればいい。
着ぐるみテクニックにより、自分の使う言葉が変わっていく。
着ぐるみテクニックのすごいところは、あこがれの着ぐるみを着ることで、自分が目指したり、あこがれたりしている考え方や価値観が、スーッと自分の中に入ってくること。
着ぐるみテクニックには、自分の中の言葉を変えていける力がある。
あこがれの人の着ぐるみを着れば、自分の言葉も変わってくる!
ースティーブ・ジョブズを出してきたが、あこがれと現実とのギャップに苦しむことはないのだろうか。もちろん自分自身の内的な発動であれば、他者との比較などせずに自分の道を進むことができるだろうが、カウンセラーを受けたからと言って簡単に変わることはできないと思う。とにかく「無理しないでよ~」と思ってしまう。そして自分自身も「もう無理はできないよ~」という気持ちだ。自分自身の力不足を認めて自分にできることをひたすら一生懸命にやることが大切なのだが、他者評価が入ってきたり、収入の問題がかかわってきたりで、ひとくくりにできないというのがある。ちょっとやってみて、疲れたら少し休んで、位がちょうどいいのだろう。
第5章 その「言葉の使い方」をやめれば、病気もやめられる
脳は、あなたの発する言葉を「真実」とするために活動する
自分が日々、どんな言葉を使っているか。
思い込みやセルフイメージはどんどん強化される。その繰り返しの中で、本人にとってはそれがあたかも真実と見えるようになってしまう。
さらに、脳も、それらが真実であることを証明しようと、懸命になって働く。
病気につながる、あるいは病気を長引かせる言葉を自分が発したら、それをすかさずキャッチし、使わないようにすればいい。
病気にならない体を作るための言葉の使い方。
「治らない」という言葉を使うのはやめよう!
ーよく言われることだが、今回は読んでかなり納得できた。「ダメだー」→「ダメだな」→「ダメだからやめとこう」→「ダメだー」このループか。確かにわかるが、我慢するのも体に悪い。心の中では「ダメだ」と思っているのだから無理していることになる。体と同様に心も無理をするとダメになる。ただし負荷をかけないと力はつかない。負荷と無理の境目はどこだろうか。ここを見極める必要がある。ただ普段から使っていく言葉が大切なのは本当だ。「できる」という感じで見ていかなければならないんだろう。
「病気を治す」という言葉を使うと、病気は長引いてしまう
「治す」という言葉も、病気を長引かせる危険性がある。
脳は「病気をつくって、治す」という作業を繰り返す。
今自分に課せられているのは「病気を治す」こと。病気が治ってしまったら課題がなくなる。課題をなくさないために、病気をつくり出す、重症化させる、そして治す、これを繰り返す。
「病気を絶対に治す!」この「絶対」という言葉は「治すことは、そもそも難しいことだ」という前提をつくりだす。さらに「困難な病気をつくる」ということを行い続ける。
「病気をやめる」という言葉も同様。脳はその「やめる」という任務を果たすために病気を作り続ける。
だから、「やめる」「治す」単独では使わない。「私は~のために、病気をやめる」という具合に、病気をやめた先の未来のことと一緒に使う。
焦点が、病気をやめた先の未来に置かれる。
「病気を治す」ではなく、「私は~のために、病気をやめる」という言い方をしよう!
―つまり、どうなりたいかを思い描くということだ。脳に「こういう状態になりたい」ということを指令として出すイメージか。それにしても今まで生きてきて、その通りになったことなどないのだが、なぜだろうか?結局は潜在意識という見えないものがどう考えているかでしかないように思っている。潜在意識が思い描いた通りの人生なのではないだろうか。果たして今の状態で潜在意識に働きかけて変えることはできるのか。習慣が大事だと思うので、一人朝礼をやっている。そこに全くもって迷いはない。ただひたすらにやり続ける。そしてそのポジティブをどんどん広げていくイメージ。自分自身の取り組むべきことはここ。
病気を敵とみなして闘うのではなく、「向き合っていく」
病気をやめることができる人は、病気を「敵」とみなしていない。
最初は「敵」とみなしていたとしても、次第に、その病気が「今の自分」に必要だから起こっているのだと気づき、和解し、そのメッセージを素直に受け取れるようになっていく。
「病気と闘う」とは、病気を敵とみなし、それと懸命に闘っている状態。
病気を敵とみなさない。
病気は闘う存在ではない。「本当の自分からズレているよ」というサインであり、向き合う存在。
病気を通じて、これまで自分が許してこなかった様々なものに気づくことができる。
病気という経験は、それらを許していくきっかけになる。
病気は、自分が向き合う相手。だから敵とみなす言葉を使うのはやめよう。
―「受け入れて気づきを得る」ということの大切さ。今とかく悪いニュースばかり拾い集めて、そして思考と行動をストップさせている時間が多くなっている。それも許していいのだろうか。答えはもちろん「許していい」ということになるのだが、心配と不安が自分の中にある。それは「そんな悠長なことをしていたら失職するぞ」「失職したら妻に見捨てられるぞ」ということだ。ここ本当に重要なポイントで、実はどちらも自然の流れなのかもしれない。もしかしたら、より充実した人生を送ることができる転機になるかもしれないのだ。もちろん“変化”は恐ろしいので、なかなか一歩を踏み出せないのはわかる。子供たちのこともあるが、それも変化するのが面倒な自分に対する言い訳かもしれない。病気にはなっていないが、自分の体としっかりと向き合おう。少なくとも酒に逃げてはいけない。
結果が欲しいのなら、「がんばる」「目指す」「努力する」は禁句
「病気が早く治るようがんばります」
「1年後には元気になっていることを目指します」
「病気をやめられるよう努力します」
これらは病気を長引かせる言葉、これらはプロセスに焦点が合っている。
脳は「がんばる」「目指す」「努力する」が自らに課せられた仕事と認識し、ひたすらその作業に取り組み続ける。
だから、いつまでたってもゴールにたどり着けなくなってしまう。
「そこからどんな結果を得たいか」を語る。
脳は「私」からの指令に忠実、その指令である「頑張る」「目指す」「努力する」ができなくなったら困る。だからそこから抜け出さない。
「頑張る」「目指す」「努力する」体に力が入る危機回避モードに入っている。
プロセスを楽しみたいだけなら、これらの言葉を使うのもありだが、一方で、結果を得たいのであればこれらの言葉は使わないこと。
ゴールまでの道筋が具体的に見えていないときに使いがち。
ゴールとそこに至る道筋が具体的に見えていれば、それを粛々とこなしていけばいいだけ。
プロセスを指す言葉は使わず、「どんな結果を得たいか」を言葉で表現しよう。
―どんな結果を得たいか?ここが確かに曖昧だった。そして今もはっきりしたことが言えない。人生の目的も40過ぎて「楽しく暮らす、幸福に生きる」ことだと知ったぐらい。しかもそれは知識と知ったことで、自分の潜在意識にあったことではない。今ふと思う。もしかしたらここが大きな要素なのかもしれない。人生の目的、たどりつきたい境地を潜在意識で知っているか、いないか、これで決まってしまうと言っても過言ではない。そうすると、今の自分の立ち位置は微妙…いや千載一遇のチャンス。わかっているのにできない、ということで、ちょっと苦しいかもしれないが、それこそ苦難こそ幸福の門で、しっかりと向き合うことでいい感じになるのかもしれない。それを仏門の世界では修行と呼んだりするのかもしれない。それはそれとして、自分はどんな結果を得たいのか、その状態を言葉で表現していこう。これを日々の日記の形にする。
「~が欲しいと言っていると、「欲しいもの」は手に入らない
脳は受け取った言葉を忠実に実現しようとする。
自分の望みを「言葉」にすれば、それを実現する方向に脳が動き出してくれる。
脳は、言葉をそのまま受け取る。
「~したい」「~が欲しい」という願望は、願望のままでいようとする。
「~になりたくない」という願望も、「~になりたくない」という状態を維持しようとする。
自分が許していない思い込みやセルフイメージが潜んでいる。
「私は幸せではない」「私は愛されていない」「病気は不幸だ」「貧乏は恥ずかしい」
これらの言葉を使うたびに強化されていき、それが「現実」となるように行動していく。
自分が本気で実現を望んでいるなら「~したい」「~になりたい」は使わないほうがいい。
代わりに、「それが実現している状態である」という言葉を使っていく。
■私は幸せです。
■私は愛にあふれています。
■私は健康です。
■私は○月○日に、健康な状態に戻っています。
今この瞬間から、少しずつでいいので、実現している現実を体験してく。
■「幸せになりたい」ではなく、「今、私は幸せだ」と感じるリアルな行動を考えて、その行動をする瞬間を増やしていく。
■「健康になりたい」ではなく、「今、私は健康だ」と感じるリアルな行動を考えて、その行動をする瞬間を増やしていく。
そうした繰り返しの中で、それまでの思い込みやセルフイメージが変化していき、心の奥底から「こうなりたい」ではなく、「私はこうです」と言えるようになっていく。それと同時に「こうなりたい」が現実のものになる。
「健康でいたい」よりも、「私は今、健康です」と言って、その現実を体験していこう。
―潜在意識にたどり着くかどうかはわからないが、対応としてはこれしかないだろう。一瞬で幸せになる方法…「今幸せだと気付くこと」に通じる。「ついてる、ついてる」「ラッキー、ラッキー」もいい感じだ。
具体的なことにも通じるのだろうか。
■「風に吹かれて」で弾き語り披露する
仕事のことでも何か書こうと思ったが、思いつかない。これが今の現実だ。サイバーエージェントの藤田さんの「フジテレビをフジタテレビにする」を思い出す。それが結果「アベマTV」になったわけだ。つまり未来を描いていないからそこに行けない。わかりやすい。ここはしっかり考えていこう。
つらいことは「過去形」にしてしまえば、解放される
自分を苦しめる思い込みやセルフイメージも、「過去形」を使っていく。
それをやめたいならば、それを「すでに過去のもので、今は違う」とすること、だからこそ、過去形を使っていく。
「私は、『気持ちがうつうつとして辛い』と思っていたんだ」
「私は自分のことを『何をやってもうまくいかない人』だと思っていた」
繰り返すうちに、ストンと腹落ちするときがある。「そうだあれは過去のことで、以前の私はそう思っていたんだ」素直に思えるようになる。
「なるほど。今まで鬱だと思われていたんですね」
「過去に鬱だった」+「自分がそう思っていた」これで脳の動きが変わっていった。
「鬱だったのは過去のことであり、それは現実ではなく、単なる思い込みだった」
「つらいことは『過去形』にする」
あなたが辞めたい現実は、「過去形」にしてしまう!
―例えば精神科や心療内科、カウンセラーのところに足を運ぶという行動に出れたのなら、それは少し改善の余地がある、ということではないか。その時に辛い心情を過去形にする、という気持ちの切り替えが効果がある、ということではないだろうか。心配や不安があるが、それを「今感じている自分」と少々客観的に見ることができているのなら、それは過去になる第一歩。それでいい。
避けるのではなく、常に未来の目的に向かった言葉を使う
「あなたは、どうして病気をやめたいのですか?」
①「~がしたいから」と、未来の目的に目が向いているパターン。
②「痛みから解放されたい」「つらい」など逃れたい、避けたいというパターン。
病気を早くやめられるのは「~のために、病気をやめたい」と、未来に目が向いている人たち。
脳が、今のこの瞬間もその未来の目的に向けて動いている。「ビジョンの実現に向けて動ける体になるべく、病気を早々にやめる」そのための指令を脳が体に出していく。
「~を得よう」という思考パターンになるため、脳の報酬系と呼ばれる部位が動き、心や体を元気にする脳内物質が分泌され、体を成長モードにする。
「何かから逃れたい、何かを避けたいというパターン」では、脳は「逃れたい」「避けたい」と言い続けたい、と認識するので、その状態が続く。
①目的志向型
②問題回避型
週末、温泉に行く場合
①来週一週間も体をいい状態に保ち、目標を達成していくために、温泉でリラックスする。
②ストレス解消、これまでの疲れを癒す。
自分の言葉の使い方を観察する。目的志向型を意識的に実践してみる。
・「仕事をする」なら、「食いっぱぐれたくないから」ではなく、「○○という夢を実現したいから。
・何かを買うにしても、「ないと困るから」ではなく、それを買うことでどんな未来が手に入るのかを明確にする。
・会社の飲み会でも、「上司の命令だから」ではなく、「次のプロジェクトのことで情報交換しよう」と、近い将来への明確な目的を持つ。
自分の行動のすべてに対して、未来に向けての具体的な目的を持っていく。
慣れないうちは面倒、20日間続ける。脳の中で目的志向型の言葉遣いが定着していく。
結果、望む現実が、加速度的に実現しやすくなっていることに気づくはず。
「~を得たいから、○○をする」というように、常に未来への目的を意識しよう。
―自分の思考パターンが完全に「問題回避型」で笑える。「目的志向型」に変えるためにすぐに取り組まなければいけないが、さぁ考えてみようと思っても全く言葉が出てこない。常に五戒(不平不満、愚痴、悪口、文句、泣き言)が自分自身だ。どのような状況にあっても心配と不安と恐れと怒りなどのネガティブな感情が自分自身にあった。それでここまでやってこれているのだから立派なもんだと思う。ただし人生はバランスで、それだけではないはずだ。自分の中のほんの少しの目的志向型を引っ張り出してなんとかやっていこう。取り組んでみよう。大丈夫だ、心配するな、なんとかなる。