(12)思えば、A、B、C、D、E。それぞれ丁寧な対応をしてくださり、理解も示してくださったのに対し、組織たる会社としての対応はあまりにお粗末かつ不誠実ではないかと思いました。
もし本当にそうだとしたら、こんな会社のために長年頑張ってきたことがすごくむなしく思えてきました。もちろんそうではない、沢山の出会いと思い出をくれた素晴らしい会社だと信じたいという思いとの葛藤でした。
そんなときに思い出したのがEの「司法取引」という言葉でした。
もう色々と面倒くさくなってきたのと、ここで折れておけばAとEをこれ以上巻き込まなくてもよいという思い。春期講習も始まる時期だし、教室長の本来の仕事を邪魔するのは本意ではない。何より生徒に少なからぬ影響がでる。だったらEの提案に乗るのも一つの手かなと思いました。
こういう大事なことは一応父親に相談しようと思い実家に電話してみました。
話を聞くなり父親は激怒し「作業給だかなんだか知らないが、そんなゆすりたかりのような金を平然ともらえる子を持った覚えはない。何のためにお前は大学院までいったんだ」と言いました。
この言葉で我に返り、もう一度辛抱強く会社にお願いしてみようと思いました。
そもそも自分の主張にきちんとした理由があるのか、理由もないのにわめいているなら徒に会社をかき回しているだけではないかと考え、大学院での教授で弁護士であられるXに私の主張に筋が通っているかお聞きしようと思いました。
(13)2月21日、あらかじめアポイントをとっておいたXの研究室を訪問し、お話を伺いました。
Xは事案をざっと見て「なかなか面白いんじゃない。ご飯屋なんてたたけばどこも埃が出てくるようなもんだし」とおっしゃり、「労働審判は非常によく出来た制度だからね。出してみていんじゃない」ともおっしゃいました。
使用者側の代理人を数多くなさる先生がおっしゃるなら間違いはないと思い、申立てを決意しました。
ただ、せっかくEが頑張って書いてくださった書面を申立資料に使うのはやはり気がひけ、せめて申立に及ぶことにしたことを決めたことをご連絡するのは、人として最低限の礼儀だと思い、3月1日18時48分(携帯電話に記録が残っています)Eの携帯に「お互い平行線なので、第三者の判定を仰ぐことにしました」というお電話をさせていただきました。
(14)その後、まったく未知の分野の労働法を調べ、大学院の友人に助けてもらいながら自分なりに根拠づけました。
審判員の先生方、また会社労務の専門家であられるY、Zの視点から見れば、本当に拙い理論構成なのかもしれませんが、労働者の立場として精一杯の権利主張は行いました。
Xに「計算だけはしっかりやれよ」と言われ頑張って算定したのですが、答弁書において不備が指摘されているようにそこが自分の能力の限界だと思います。
(15)3月7日、申立書を東京地方裁判所に提出した帰り、電車での中で泣きました。
訴訟ではないとはいえ、自分がずっと食べてきたご飯を相手取るのは決して気持がいいものではありません。
代理人なしで申立てたため、申立書及び補充書面の文面は自分が100%正しいことを前提に強い口調となっていますが、世の中に10対0で正しいことなどないと考えています。
もし私が休職届をきちんと本社に出していただいたかAに確認をとっていれば、このような事態にはなっていなかったかもしれません。会社側も「Aが8月31日に退職処理をした」というような誤魔化しをしていなければもっと早く解決出来ていたのではないかと思います。
(16)私が望むのは、今度こそきちんと筋の通った説明がなされること、私の主張にきちんと根拠が認められれば、2003年6月25日以降雇用契約が継続していることの確認をしていただきたいことです。損害額はあくまでそれに付随したものとしての最低限の基準にすぎず、請求の本旨ではありません。
会社におかれても、今回の申立を契機として時間講師の扱いにつきご再考いただければと思います。正直時間講師の大半が大学生であることに「甘えている」部分は少なからずあると思います。
今年から契約更新に際し就業規則を見せていただけることになったとのこと(少なくとも甲教室においてはそのようになりました)は、今回の申立てが少なからず影響しているのかとも勝手に認識しております。
(17)たまごかけご飯がより一層美味しいご飯になるために、ある意味でお役に立てるのであれば、憎まれ役も甘んじてお受けする覚悟で審判に臨みました。
申立書との乖離に二重人格を疑われても仕方のない文面ですが、これが偽らざる本心です。
(18)どうか公正なご判断がなされることを切に願います。