自分が思っている以上に自分の闇が深かったコージです
先日ちょっとした事件がありました
夢の中で自分を恨んでいるという概念そのものに追いかけられました
走って逃げていると青白くまばゆい光を放つ鳥居がありました
そこへ行けば絶対に逃げられるという確信と同時に
そこに入れば二度と出られないという確信がありました
私はそれを避けて逃げることを選びました
そして目が覚めると…
大惨事
心臓が喉にでもあるのかというほどに拍動がうるさい
右手左足以外の首から下の感覚が一切無い
自分の殆どのセンサーがオールレッド
生命の危険を訴えていることだけは解る状態
何とか1階に行くとまだ出勤前の妻がいて
自分が危険な状態であることを伝えて
メモとペンを取って欲しいと頼みました
そして自分がもしこのまま死んだら
私のスマホを触ってメモのパスワードを入力して
資金を一度自分の口座にうつすこと
3人にだけは電話での連絡が必要なこと
死後葬儀は不要であること
必要なことを伝えて這う様な想いをしながら階段をあがり布団に入って
妻に「申し訳ないけれどあとは頼む」と伝えたところ
「余りにも淡々と自分の死の話をされても
まだ覚悟出来てないのでもうちょっとがんばってください」
と言われてしまいました
父が余命いくばくもないころ母から「まだ死なないで」と頼まれた時
「私にもできることと出来ないことがあります」と笑いながら回答をしたそうですが
私も思わず同じことを口にしてしまいました
その後、昔取った杵柄で師匠から地獄の様な試練を与えられて覚えた
「通気」という自己調整方法で体内の気を整えて感覚が消えている箇所すべてに
気を通したら眠気が着て寝てしまった訳ですが
数日間身体からごっそりと何かがこぼれた様な感覚に苦しみました
けれど現在なんとか生きています
とようやく状況説明が出来たところで自分の闇の話
私は生来臆病です
念入りに自分がおびえる全てを潰すか逃げるをして
安心を手に入れなければ気が済まないのです
ところが鳥居の青白い光を死だと認識していながら
その死という事象そのものは避けた物の恐れていなかったということ
臨死体験を前に自覚してしまいました
常日頃から親友の為ならこの命いかようにでも使ってやる
友の為ならば死んでやるをモットーにしていますが
本当に自分の命に逡巡が無い
前田慶次郎利益や島津豊久の漫画の様な死生観をリアルで
自分が持ち合わせていることに驚きを感じる傍ら・・・
では一体何に私はおびえていたんだろう?
(一般常識)死より怖いことなんてないはずなのにな・・・
と一般人らしい思考をトレースしてみたりもしたんですが思い浮かばず
自分が明らかに一般人ではないのだと改めて痛感してしまいました
そしてやっと歩ける様になり頭が動く様になった時最初に浮かんだのは
敦盛
人間五十年 下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなり
本当にあの心なのだな・・・ということだけ
そして改めて思うのは
私には今世は生きにくい世の中だなとため息をついたのでした
尚、信長の享年は49
奇しくも今の自分と同じなんですよね・・・