ハルさんと葵さんは少し前から、結婚のことを話し合っていた。
ところが葵さんの兄弟から猛反対され、未成年だった葵さんは・・・結婚できずにいた。
ハルさんは何度も葵さんの実家に足を運び、葵さんの兄達に説得を試みるが・・・
とても結婚を許してもらえる状況にはなかった・・・
そして二人は行き詰まっていた・・・
特に葵さんは精神的にも追い詰められていた。
俺が就職して4ヶ月が経とうとした頃・・・
事件は起きた。
なんと二人して「かけおち」するというのだ!
この街を出て二人で新しい生活を始めるというのだ。
この「かけおち」の話を事前にされたのは、宗二さん美香さん俺の三人だけ。
5人で話し合った・・・だけど、ハルさんの決意は固かった。
葵さんの精神状態を心配しての決断だった。
宗二さんと美香さんも止めることはできなかった・・・
もちろん俺も・・・
当時のハルさんが住むアパートなどの引き払いは宗二さんに頼んだ。
ハルさんの頼みなので、渋々な様子で宗二さんは引き受けた。
ハルさんと葵さんの行き先などは決まっていない。
ハルさんは同じ会社で働く兄にも黙って行くことに、すごく負い目を感じていた。
何度も「トクには迷惑かけちまうなぁ・・・」って言ってた。
葵さんも既に勤めていた会社に退職届を提出してて、決意が固いことが分かった。
俺は黙ってるだけが精一杯だった。
「行かないでほしい」という言葉を飲み込むことで精一杯だった・・・
新しい住所が決まったら、連絡入れるということ。
そこにアパートの荷物を送ってほしいと宗二さんに頼んだ。
ハルさんと宗二さんの友情は深く繋がっていたのを感じた。
そして決行の日を明日だということも分かった。
決行日は日曜日だった。
葵さんは、妹の真美さんには「かけおち」のことを伝えたくて、
荷物をまとめるついでに一度実家に戻ることにした。
最後のお別れのつもりで、兄弟の顔を見てくるのも兼ねて・・・
そして、とある駅のホームでハルさんと葵さんは待ち合わせの約束をする。
待ち合わせの時間は午後3時。
見送りはいらないと言う・・・
二人だけで静かに旅立ちたいと言われた。
そして、とりあえず岐阜まで行くと言っていた。
俺は家に帰って受け入れられない現実に、頭を抱えて泣いた・・・
すごく泣いた。
すでに真夜中だったけど、声を出して泣いた。
決行の日の朝、寝ているとドアを叩く音で目が覚めた。
宗二さんと美香さんが、俺のアパートに訪ねて来ていた。
「今日は三人で一緒に居よう!」ということになって、ハルさんや葵さんとの思い出話に
花を咲かせた・・・
そして、宗二さんが
「こんな日は酒でも飲もう!」
と言ってきた。
俺は未成年だったが、宗二さんは「今日くらいはいいだろ?」と言って
三人で飲み会が始まった。
つまみは美香さんが材料を買ってきて、俺の家で作ってくれた。
そして真夜中の1時頃に、宗二さんと美香さんは帰って行った。
月曜の朝、チャリで会社に出社した。
このチャリはハルさんがくれた、ボロいチャリでした。
仕事が終わり家に帰ってしばらくしたら、宗二さんが血相を変えて飛び込んできた。
時間は8時半頃だった。
宗二さんがとんでもない言葉を発した。
「おい!ハルのアパートに電気ついてるんだわ」
「今から一緒に行くぞ!」
俺と宗二さんは慌てて車に乗った・・・
車の中で宗二さんと話した。
「T.Sあのな・・・ハルはお前のこと最後まで気にかけてたんだわ」
「ハルは「俺がいなくなったら、あいつやってけるのかな?」って心配してたんだ」
「「あいつの人生を背負うってある人と約束したのに、このザマだ」ってな」
そんな話を聞かされた。
「ハルがこの話を俺たちにしたとき、おまえ黙り込んだままだっただろ?」
「あの後ハルがすごく心配してたんだ・・・」
俺は嬉しいのか哀しいのか分からなくなって、宗二さんの話を聞いていた。
だが、宗二さんの言葉は耳には入るが、頭には入ってこなかった・・・
「美香は先にハルの家に行かしてある・・・」
そんな会話をしてるうちに、ハルさんのアパートに着いた。
美香さんは先に着いてる?
美香さんの車はなかった・・・
ハルさんの部屋はドアが開きっぱなしだった・・・
俺と宗二さんは部屋へ飛び込んだ。
そこにはハルさんがテレビも付けず、一人で座り込んでうなだれていた・・・
まるで、抜け殻だ・・・
宗二さんが駆け寄り、ハルさんの胸ぐらを掴んで声を荒げた。
「てめぇ、何やってる?駅に行かなかったのか?!」
ハルさんは、少し沈黙し消えそうな声で答えた。
「怖くなっちゃってよ・・・この状況で、葵を幸せにする自信もないし・・・」
「それに会社にだって迷惑かけちまうし・・・」
「行こうと思ったけど・・・何度も思ったけど・・・行けなかったよ」
宗二さんは、ハルさんを力一杯に殴った。
ハルさんは吹っ飛び、小さな御飯を食べる机が壊れた。
宗二さんが聞く。
「葵ちゃんは、どうしたんだ?」
ハルさんが、絞り出すような声で答える・・・
「この部屋には戻ってこなかった・・・」
「今は、どこにいるんだろう・・・」
宗二さんは、ハルさんを引き起こし、もう一発殴った。
俺は勇気を出してハルさんに聞いた・・・
「ねぇ?ハルさん。」
「駅に行かなかったのは、もしかして俺のせい?」
ハルさんは、なにも答えなかった。
宗二さんが言葉を発する。
「ハル?そうなのか?」
ハルさんは黙ったまま、なにも答えなかった・・・
しばらく部屋を静寂が包み込む。
続く・・・