ハルさんと葵さんが、おちついた生活を取り戻し、しばらく経った頃・・・
そんなとき突然、二人を奈落の底に引きずり込む出来事が起こる。
ある朝・・・俺は救急車?パトカー?のサイレンで目を覚ます。
俺の部屋は二階で窓から覗く・・・
外はどしゃぶりの雨だった。
救急車とパトカーが走って行く・・・
そしてハルさんが済むアパートらしき場所に止まったんだ。
俺は着替えて、すぐにハルさんのアパートに向かって走っていた。
すごく嫌な予感がした・・・
とてつもなく胸騒ぎがして、嫌な感じが止むことはない。
ハルさんのアパートに着くと、パトカーと救急車が止まっていた・・・
ちょうど救急車の後ろのハッチから葵さんが入って行くところだった。
俺は葵さんに声をかける。
「どうしたの?何があったの?」
葵さんが衝撃の一言を発する。
「叶が息してないの!冷たくなっちゃってるの!・・・」
俺は、すぐに把握ができなかった・・・
でも葵さんの涙でグシャグシャの顔を見て、とんでもないことだと察知した。
すぐにハルさんの部屋へ行った。
すると警察官に行く先を阻まれ、中には入れなかった。
ハルさんと警察が話す声が聞こえる・・・
「虐待?」とか「解剖?」とか、そんな言葉が聞こえた・・・
そしてハルさんの目にも涙が浮かんでいた。
するとハルさんが裸足のまま部屋を出て、救急車の所へ駆け寄り、
葵さんに強く言葉を発した。
「叶を抱いて逃げろ!」
「このままだと解剖されちまう!」
次の瞬間、葵さんが息子の叶を抱いたまま、救急車から飛び出し裸足のまま走り出した。
どしゃぶりの雨の中を・・・
それに気づいた警察官が葵さんの後を追う・・・
だけどハルさんが追う警察官の前に立ちはだかり、更には警察官を殴り蹴りなぎ倒す・・・
すると、もうひとりの警察官が応援要請をしたみたいだ。
5分もしたらパトカーが何台も来て、ハルさんを取り押さえようとする。
ハルさんは葵さんが逃げた道に仁王立ちのまま。
警察官は何人いたんだろう?・・・7人8人?
俺は気が動転していたせいか、はっきり覚えていない。
唖然とし、声ひとつ上げることさえできず、ただただ呆然としていた。
何もできなかったんです。
ハルさんは7人いようが8人いようが、おかまいなしに取り押さえようとする警察官を・・・
次々と警察官が倒れて行く・・・
もう、その場は騒然としていた・・・・
俺は気づいたら、自分のアパートに走っていた。
そして、宗二さんに電話をしていた・・・
宗二さんがハルさんのアパートに駆けつける・・・
そして宗二さんが連絡したらしくトクさんも少し遅れてアパートに着いた。
俺も、ずぶ濡れのまま再びハルさんのアパートに走っていた。
ハルさんのアパートでは、野次馬がたくさん集まり、
トクさんと宗二さんが、仁王立ちのハルさんを説得していた。
そしてハルさんは公務執行妨害で手錠をかけられパトカーに乗せられ逮捕された・・・
葵さんは数時間後・・・アパートから少し離れた川の橋の下に隠れていた所を逮捕された・・・
息子の叶の亡骸を抱いたまま離さなかったらしい・・・
結局、息子の叶は解剖が済み、後日・・・家に返された。
叶は・・・1歳半で短い生涯を閉じ、旅立っていった。
結論から話すと・・・
急な心臓発作で、叶は急死したのだった。
葵さんが朝起きたときには、叶は既に冷たくなっていた。
ところが・・・虐待を疑われたのだ・・・なんの痕跡もないのにだ。
当時、子供の虐待というニュースが蔓延していた・・・
その社会の風潮というか・・・
トクさんは弁護士をハルさんと葵さんに付け、
トクさんや宗二さん美香さんの必死の訴えにより
大した罪になることなく、すぐに釈放された・・・
そして息子「叶」の葬儀が行われた。
出棺のときになると、葵さんは叶の亡骸から離れようとはしなかった・・・
葬儀場には葵さんの「叶」「叶ごめんね」「きょう~おおおおおおお」「わあああああん」
という声だけが響いていた・・・
とても悲痛な叫び声だった・・・
とても見ていられなかった。
最後には気丈に振る舞っていたハルさんが葵さんを引きはがし、出棺が行われた・・・
叶はとても安らいだ顔で眠っていた・・・
このときの光景は今思い出しても涙が溢れます。
しばらく葵さんは抜け殻のようになり無気力で魂が抜けたようでした。
とても見ていられない状況でした。
そしてハルさんは、そんな葵さんを支え続ける・・・
必死に悲しみを堪えながら、葵さんを励まし続ける・・・
とても献身的に。
そして、叶が亡くなって、あっという間に一年が経過していた・・・
葵さんは、抜け殻のままだった・・・
そんなハルさんも心がボロボロになっていた・・・
ハルさんと葵さんの夫婦関係はすれ違いを起こし、お互いが干渉しないようになっていった。
ハルさんは、毎晩のように外に飲み歩き、風俗で遊ぶ日々を送っていた。
葵さんも無気力な人形のようになってしまっていた。
そんな二人を見るのが辛くて・・・
この二人は、もう修復不可能な状態までになっていたんだ・・・
部屋には叶が笑顔で移った写真が、写真立てに入って寂しく置かれていた・・・
このハルさんと葵さんを、誰もどうすることもできなかったんだ・・・
更に三年の月日が流れた・・・
二人は籍は抜きはしなかったものの、もう夫婦とは呼べない状態になっていた。
ハルさんも息子を失った悲しみと、たくさんの悲しみや苦しみを受け入れ背負い込み、
心がボロボロで潰れかかっていたんだ・・・
そして葵さんも息子を失った悲しみで、現実を受け入れられなくて心の中に閉じこもり、
ボロボロになっていた。
俺はハルさんと葵さんを、兄のように姉のように、ときには父のように母のように慕ってきた。
人間って、こんなに強くなれるんだ・・・と、そう思わせてくれた。
しかし、このときは・・・
ひとつの出来事で、人間って、こんなボロボロになってしまうんだ・・・そう、思ってしまう俺がいた。
そんな中・・・
宗二さんと美香さんが結婚する。
続いて社長のトクさんも結婚をする。
ハルさんも葵さんも結婚式には参加したが、
このときだけの夫婦を演じていただけのような気がした・・・