久しぶりのブログ更新となります。
ってか3ヶ月ぶりくらいになるのかな?
その間に、いろいろなことがありました。
7月の参議院選挙が終わり、しばらくして8月の上旬に、真美さんが愛知県に戻ってきた。
そしてお盆が終わるまで息子Tと真美さんと娘Kと、ハルさんの家で家族と過ごした。
ハルさんと葵さんのお墓参りには、俺の家族3人と美香さんと共に真美さんたち3人の計7人で赴いた。
ハルさんと葵さんと宗二さんの思い出話に華が咲き、楽しかった頃を思い出し・・・泣いて笑った。
3人とも短い生涯だったかもしれない・・・でも・・・・・・
中身の濃い太く短く生きた人生だったと思った。
まさに平成の時代を駆け抜けていった感じだ!
少なくとも・・・俺たちに残したモノは大きい!
思い出話の中で思い出したことがある・・・・・・・
ハルさんの生き埋め事故のこと。
そして・・・それが原因でハルさんは・・・・・・命を・・・
穴の中での作業が終わり、ふと見上げると土の壁が崩壊寸前だった・・・
そしてハルさんは俺を先に脱出させた・・・
脱出のため吊り上げられた俺が見た光景は・・・
見下ろすとハルさんが笑った。そして土の壁が崩壊しハルさんは生き埋めとなった・・・
後にハルさんに問いかけた。
「なんで壁が崩れる瞬間、笑ったんだ?」と・・・
ハルさんは「拙者、笑ってたのか?」「おまえの無事が確信できたから安心したのかもしれんな」
と、無邪気な笑顔で、そう答えた。
人を助けるために自身が犠牲となり笑って死ねる・・・・・・
俺にはできない。
俺にも家族があり、他人のために笑って死ねる訳がない!
でもハルさんは・・・家族がありながら・・・それでも笑って死ねる。
俺には信じられなかった。
結果的にハルさんは死なずに生還果たした。
それは今でも奇跡だと思っていて、ハルさんだから生還できたのだと思ってる。
そのことを集まったみんなの前で話した。
そのとき美香さんが言った言葉がある・・・
「ハルちゃんは昔からそうだったよ・・・大事な人じゃなくても、たぶんそうする・・・」
「まるで生き急ぐようにね・・・」
実は・・・俺もそう思っていた。
”生き急ぐ” 俺もハルさんから感じていたことだった。
そして真美さんも同じ事を感じていたようだ。
そして真美さんの口から「あお姉ぇも、そう言ってたことあったよ」と、衝撃の言葉を口にした。
葵さんも感じていたことだったようだ。
たぶん宗二さんも感じていたに違いない。
そして・・・美香さんが「昔の彼女が亡くなってからだと思う・・・」と、そう言った。
愛子さんのことだろう・・・・・
そして真美さんが言う・・・
「ハルさんは愛子さんを亡くしてから、ずっと苦しんでたんだよね・・・」
「あお姉ぇと結婚した後も、あたしと結婚した後も、ずっと愛子さんのことで苦しんでた・・・」
「恵さんの話で、あたしは確信してるよ」
ハルさんは・・・愛子さんを亡くし苦しんだ・・・
その後も息子を失い、葵さんを失い・・・打ちのめされ、悲しみに耐え、苦しみが重なり苦悩し・・・
それでも生きることを選択し、精一杯生きたんだと思う。
自分のために生きたというより、残された子供達や真美さんの為に生きたんだと思う。
とても真似できる所業じゃない。
思い出話の中で、ハルさんを思い出し、そして偉大さを再認識した。
そして、そんな苦しむハルさんを支え続けた葵さん。
そして、葵さんを失って苦しむハルさんを支え続け、信じ続けた真美さん。
みんな偉大だ。
やっぱり・・・・・・・・・・今でも思う。
ハルさん・・・・やっぱり早すぎたよ。
一つ報告がある。
とても嬉しいニュースだ!
ハルさんの娘であるKが言葉を取り戻した!
明るく元気に会話することができる。
真美さんが言うには、まだ心の傷は残っている。
父親であるハルさんを失った悲しみは想像以上だったようで、今でも父親を思い出し泣くことがあると言う。
でも、かなりの進歩なのは間違いない。
これからも真美さんはKを支えてゆくと言う。
俺は真美さんに聞いた。
「じゃあ、これからは家族3人で暮らせるんじゃない?」と・・・
でも、真美さんが答えた言葉は衝撃だった。
俺たちに別れを告げるために、ここに戻ってきたというのだ。
真美さんは、こう言った。
「あたしKを連れて、この街を出るよ・・・だから、さよならを言いに来たの」と・・・・・・
続く