ハルさんは真美さんと結婚をし、
真美さんは一人暮らしのアパートを引き払い、
そして子供達は真美さんを「お母さん」と呼び・・・
幸せの中で温かい家庭を築き始めた。
2月末・・・そんな中こんなことがあった。
ハルさんは翌日には入院を控えていた。
足の脛の最後の手術のためである。
この日、ハルさんは監督として付いてきていた。
作業は俺ひとりでやる予定だった。
現場はとあるビルの屋上。
この屋上には「高架水槽」という貯水槽が設置してあって、ここでの作業である。
俺は管理人にカギを借り、ハルさんと一緒に屋上に行った・・・ここが今日の現場である。
階段を上り、屋上の入り口にある扉、カギが開いている・・・
どうやら以前、下見に来たとき管理人がカギをかけ忘れていたようだ。
「カギいらなかったな」と思いつつ扉を開ける。
そして・・・・ある少女が柵を乗り越え、柵の向こうで呆然と立ち尽くしていたのである!
高校生?いや中学生か?
一瞬、そんなことを思った。
次の瞬間ハルさんが叫ぶ!
「T.S止めろ!」
俺は慌てて少女に駆け寄った。
ハルさんも足を引きずりながら少女に駆け寄る・・・
少女は、俺たちに気づく。
そして少女は靴を脱ぎ揃えて置いてあった。
頬からは涙がつたう・・・
「間違いなく自殺だ」
そう思った。
とにかく少女を説得し、柵の向こう側から内側へ戻すことが先決でした。
幸い、この少女は聞く耳を持っていた。
全部は覚えてないが・・・だいたい、こんな感じでハルさんが話始めた。
「なぁ嬢ちゃん。死んだって何にもならんぞ?明るい未来がパーになっちまうよ?」
「なんか辛いことがあったかもしれんが、とりあえずこっちに来なよ」
「この先、悪い未来が待ってるって誰が決めた?まだ決まったわけじゃないぞ?」
少女は親には相談できない、だから悩んでいたという・・・
親に迷惑かけたくないという想いが強い、優しい子だ・・・
ハルさんは説得を続ける。
「嬢ちゃん、あんた・・・まだガキじゃん。親に迷惑かけてもいいんだよ!」
「たくさん、いっぱい迷惑かければいい。そのために親はいるんだ」
「辛かったら頼ればいい。恥ずかしい事じゃない!」
ハルさんは何があったのか詳しくは聞こうとしない。
現在の心の状態を読むだけだ。
「そんなに死にたきゃ止めないが、今からここで仕事しなきゃならん」
「嬢ちゃんが死ねば、警察やら何やら来て仕事が中止になると、困るんだわ」
「死ぬなら来年にしてくれ!そのときは見届けてやる!」
俺は・・・
「はぁ?何言ってんだ?この人・・・自殺を止めるんじゃなかったのか?」
と、こう思った。
次の瞬間、少女はこちら側を向き、柵の内側に戻ろうとする仕草を見せた。
俺たちは手伝って、少女を柵の内側に戻した。
そしてハルさんが言う・・・
「どうせ死ぬ気なんだろ?」
「だったら死ぬ気で一年間生きてみたらどうだ?」
「死ぬ気だったんなら、一年くらい何でもねぇはずだ!」
「だらだら無気力でもいい、なんもかんも放って現実逃避すりゃええよ」
「一年経ったら、またここに来い!」
「そのとき、まだ死にかったら死ねばいい」
「もう止めはせん!拙者が見届けてやる」
少女は泣きながらハルさんの話を聞いていた。
こうしてハルさんは自殺しようとした少女を止めたのだ。
そしてハルさんは一年後この時間に、ここで少女を待つと約束していた。
本当は、もっと長くやり取りがあったのだが、全部は覚えてない。
ハルさんはこの後、俺にこう言った。
「心が傷ついたときは、現実逃避も必要だよ・・・そうしないと心が壊れちまうからな」
とても印象深い言葉だった。
「どうして助けたの?」って聞いたら・・・
「そんなん気まぐれに決まっとるがな」って、いつものように笑って答えていました。
ほんとうに心のまま行動する人。
でも、ほんとうはハルさんは知っていたんだ・・・
一年間という時間が考えを変えてしまう時間ということを。
一年間生きてみて、また「自殺をしたい気持ち」を維持できるわけがないということを。
なにはともあれ、ハルさんがここに居たことラッキーだった。
俺じゃ、あんな説得はできなかったと思う。
一年後どうなったのか?・・・・
言うまでもありません。
少女は親御さんと一緒に、このビルに来ていた。
もちろんハルさんも、ビルに行きました。
そこには笑顔でハルさんに御礼を言う少女がいました。
ハルさんのすごいところは・・・実は最大の魅力は心なのかもしれません。
心理を読み対応し、ときには相手の心理を操り、そして傷ついた心を癒す。
俺も「気まぐれ」で助けられた身です。
でも、本当に感謝している。
当の本人は、そのことで恩を売ったりはしない。
なにもかも信じられなくなっても・・・この人だけは信用しよう・・・そんな気にさせてくれる。
俺はこの人に出会って、本当にラッキーだったと思う。
自分の心のまま行動するハルさんだが(中身は子供なんですけどね)・・・
相手に対する思いやりも、ちゃんと持っています。
そして、その考えは深い・・・俺には測ることができないほどに。
これは推測なんですが・・・ハルさんを好きになった女性は、
ハルさんの心の部分に触れてしまった人なんではないでしょうか?
その心に触れ魅力を知ってしまえば・・・
そんな気がします。
平然はバカでセクハラで、ふざけた男なんですが・・・
朝からハイテンションで、うざいこともあるし・・・
でも、やっぱり俺はこの人を嫌いになれませんね。
ハルさんは、控えていた手術を受け、次第に回復してゆく。
そして春には、完全に仕事復帰をし、以前のように体は完全に元通りになっていた。