1月17日1日遅れたが、ロウソクを灯して寝た。突然襲った災害時、私はアメリカに居たため難を逃れたが、家族と連絡がつかず、帰ろうにも交通機関が止まっている。あの震災を経験しなかった事が、申しわけ無い気持ちになる時がある。父いわく、神戸も人口が40パーセント入れ替わり、昔の品のある神戸人に会うことが少ないと言う。偶然、戦後70年の歴史ドキュメンタリーに、1946年のお正月に華やかなスーツや振袖で楽しそうに出かける神戸の女性たちが映し出され、驚きと嬉しさを覚えた。戦中も疎開先へ持って行ったのだろうか。