アメリカで働いて良かったこと
アメリカで25年以上、会社員生活。驚くことが頻繁に起こり、退屈しない日々だった。テクノロジー企業5社とVCを経験して感じた「良かったこと」。 努力や成長が報われる。営業ではないので数字が明らかに出るわけではないが、年次評価では上司だけでなくチームからも成果を公平に見てもらえ、自分の成長が形として理解できるので、精神的な満足につながった。これが「良かったこと」の大半を占める。 企業が人材に直接投資する。大学院卒業前に就職が決まり、最後の学期の学費やその後の仕事関連の勉強代も、平均すると会社が年5千ドル(約75万円)は負担してくれた。 変化がチャンスに。最初の就職はシカゴだったが1999年に勤務先が買収され、持ち株の値が上昇。当時、シリコンバレーではネットバブル。永住権取得と同時に2001年にシリコンバレーに思い切って引っ越した。同時にネットバブル崩壊や9・11事件。「大丈夫なの、私?」と不安ながらも、住宅価格が下がったので希望の場所で家を買えた。振り返れば「Right Time, Right Place」だった。 自己否定が減った。4社目の上司は病的なナルシストで自己中の「J」。採用してくれたハーバード卒の話が早い女性上司が転職して、急遽、Jが上司になる。仕事内容をけなされる日々。チームはどう思っているか悩むが、ある日「外国語で仕事して、2カ国で学歴・職歴があるのは私だけ」と気づいた。結果、社内異動させてもらい、次の上司は「髪結の亭主」タイプ。こちらの方が自由にさせてくれて合っていた。 人との出会いで人生勉強。チームで仕事すると、本当に色んな人がいる。最初の上司はドイツ人。褒めないが情はある人。本当に頭が良くて学びが早いと思ったのは、やはりハーバード卒の人々。インド人の台頭目覚ましく、10年前と比べても若い人の教育と働き方は向上している。アメリカ人は計算が弱いと言われるが、一概に言えないことも学ぶ。お子さんが不治の病と戦っている人。同僚の結婚式のブライドメイドにもなったし、3年前は末期癌の同僚が母国に帰るまで料理を配達したり。アメリカで働く醍醐味は、努力や専門性が認められ、環境の変化もチャンスに変えられること。「ピンチもチャンスへ」は体験したが、「不可能を可能に」はストレス度が高くて私には手に負えない。とは言え、良い時期にシリコンバレーに引っ越したのかも。自己肯定感にまつわる余談:パリ出張中、例の上司Jからのメールで落ち込む。ホテルに帰る前に夕食を買おうとお店に入ると、毛皮を着て完璧コーデの綺麗な東南アジア女性が前に並び、店員さんとのやり取りで苦慮していた。隣には小さな女の子が一緒。店員さんは気を利かせて英語に切り替えたが「フランス語で」とお願いしている。ホテルに戻り、彼女が元フジテレビの中村アナウンサーだと気づき、検索。やっぱりそう!ネットにはご主人の写真付きで「フランス生活の本を出版」「彼女が生活費を折半している」等とあるが、あのフランス語では現地での就職が難しいから日本に出稼ぎに行っているのだと思い至った。カリフォルニアやNYでは、母国で富裕層出身だと、労働ビザを取得したら自立したキャリアを築く女性が多い。フランスのキャリア指向は米国以上なのに。からくりが分かった途端、彼女が可哀想になり、アメリカで就職できた自分に変な自信がでた夜を覚えている。最近、フランスに行く準備でYouTubeを見ていると、彼女のビデオも勝手に上がってくる。ご主人の化粧品会社がC国に買われて「私の暮らしをご覧あれ〜」と弾けている。この感じ、こちらだと中東系やロシア移民に多い。相当なご苦労から脱出されたのでしょう。アメリカでの仕事トピから脱線するが、フランスならこの方のお料理ビデオと説明が自然体で良くてレシピ本を出版してくれないかしら。- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be