12月に入り、日本全国
急に寒さに震える気候になりましたね{{(>∇<)}} サッム

さてさて、11月25日の週に扱われた、
2014年9月15日号の研究記事
「全時間奉仕者たちのことを忘れてはなりません」は、
意味がよくわからないというか、意味を取り違えているような
醜い内容のものでしたね(ーー;)

この記事では、全時間奉仕者と組織が呼んでいる
正規開拓者,特別開拓者,巡回監督,
ベテル奉仕者,宣教者,
インターナショナル・サーバントと
インターナショナル・ボランティア,
王国会館建設奉仕者について、
彼らを忘れるな、つまり、物心両面で支えるように
という主旨の記事だったわけです。

ですが、このタイトルからして、非常に違和感を感じます。


そもそも、JW組織内では一般的に
「全時間奉仕者」=「開拓者」と考えられますが、
開拓者というのは、どんな意味を持っているか
彼ら自身真剣に考えたことがあるのでしょうか?


大辞林によりますと、開拓者とは
「未知の分野を切り開く人」 となっています。

さらに、エホバのご意志のブロシュアー
その第13課 「開拓者とはどんな人ですか」
の説明によると
「開拓者」とは多くの場合,他の人に先駆けて
新たな区域を切り開く人のことを指します。
  とあります。

(この説明からするとJW組織も、
一応はその自覚があるようですが…)

こうした定義にあるとおり、
他の人に先駆ける、新たな区域を切り開く
と言っているからには、開拓者たるもの
そもそも他の人の援助がなければ
継続できない人は、やるべきではないのです。

この精神がベースにあって初めて
自らを「開拓者」と自認できるでしょう。


ところが、この記事に出てくる様々な立場の
「自称開拓者」は最初から甘々で、
”他の人の援助を当然受けてなりたつもの” という
雰囲気というか、圧力を感じるのですよね。

記事全体を通して、何じゃこの甘え精神は?
という感じを受けたのですが、
一番ヒドイというか、本末転倒だと思ったのは
20節の記事です。↓

この節の質問は
「全時間奉仕者とその親をどのように援助できますか。」
であり、本文はこうなっています。

故国から遠く離れて生活している全時間奉仕者も,
いつの日か,母国の親の援助について
決定を下さなければならないでしょう。

親がエホバの証人であれば,
子どもたちが今の割り当てにとどまることを
強く願うものです。(ヨハ三 4)

もちろん,子どもたちも親を世話するために
最善を尽くし,できるだけ頻繁に帰省するようにしますが,
親の近くに住む兄弟姉妹たちも,
必要であれば彼らの親を世話することにより,
全時間奉仕者の助けになれます。


全時間奉仕者は,今日における最も重要な宣べ伝える業を
支援するために忙しく働いています。
そのことを思いに留めましょう。(マタ 28:19,20)

皆さんは,全時間奉仕者を支えるために,
彼らの親を助けることができますか。


※赤字は管理人


ε-(ーдー)ハァ?・・・・開いた口が塞がりません。

自分の親の世話を、なんで他人が先に心配しなけりゃ
いけないんでしょうか?

「必要であれば」 なんて、書いてあって
遠慮がちに要求しているようですが、
JW組織の本心はそうではないですよね。

親の世話の必要は王国宣教奉仕と
天秤にかける性質のものではない
のです。

親の世話があるならば、
すっぱりその奉仕をやめて自分の故郷に戻るのが
普通のクリスチャンのやるべきことではないでしょうか。

普段から、全時間奉仕が特権だ、特権だって
言ってるので、こんな歪んだ考えを持つようになるのでしょう。


「今日における最も重要な宣べ伝える業」を
行なっているので、というのが
周りの人が全時間奉仕者を支えるべき
理由になっていますが、
宣べ伝える業は、つまるところ
真理を人に伝えるというよりは、
組織の維持拡大の営業活動に
なっていることに気がつく必要があるのです。

その他大勢の 「非全時間奉仕者」 は
世俗の仕事をまじめに行い、自らの責任として家族の世話を
黙々と行なって、目立たぬ奉仕をしているのですから、
彼らこそ、もっと組織から気遣いを示されるべきでしょう。

しかし、
自らを高めて人を従わせることに腐心する統治体が
記事執筆の監督をする限り、
「名も無き一般の伝道者を忘れてはなりません」 
っていう主題の記事は
永遠に出てこないのでしょうね(苦笑)