みなさんこんにちは。
スピリチャルハードポップミュージックホワイトタイガーのボーカル敦賀です。
今回三日早く投稿させていただきます。今週末そして来週もよろしくお願いします。
さて、今回記事も「ラッセル幸福論」の「退屈と興奮」の内容になりますが、前回は「退屈には、様々な意味がある。」という事で、そういう事であれば「退屈」と対をなすとされている「興奮」につきましても、いくつかの同義語、同類語、近い言葉を知っている方がわかりやすいかと思いました。
すると、そもそも言葉の同義語とか同類語とか近い意味の言葉というものは時代と共に変わっていくものだそうです。
なるほど、そういえばそうでした。
その理由として二つあるそうです。
一つは、言葉自体の意味や使い方が歴史の中で、少しずつ変わっていく。
二つ目は、周りにある同類語との関係が変わることで、どれを同類語とみなすかも変わる。
それで、「興奮」という言葉ですが、昔も今も変わらない同類語、同義語というと、「情熱」「熱情」「熱意」「意気込み」「熱狂」とかになるようです。
でも、現代の男子のみなさんは、真っ先に浮かぶのは「発情」ではないでしょうか?
(いや、仮にそうでも、そんな事を言うのはお前だけや。)
あ、そうか、じゃ、昔も今も「発情」はありなんだ。
と、安心したところで(?)旧来の「興奮」というと、「奮起」「鼓舞」「激励」といったニュアンスの同類語もあったようです。
なんだか、戦時中や戦後の雰囲気を感じますね。
現代においては、それよりもう少し「ワクワク感」とか「テンションが上がる」とか「ハイになる」など、個人的には昔よりも今の方が、お楽しみ感が増すような意味の言葉になっているような印象を受けます。
ヒルティ先生とラッセル先生を比較した時に、著者のパーソナルな部分が一番大きいのでしょうが、ラッセル先生はヒルティ先生よりも現代に近い人なので、言わんとしていることの我々が受け取る印象は違っていても、それは時代的なものや翻訳的なものであって、実は同じようなことを言っている。ということももしかするとあるのかもしれません。
