みなさんこんにちは。
スピリチャルハードポップホワイトタイガーです。
今回三日早く投稿させていただきます。今週末そして来週もよろしくお願いします。
さて、今回も自省録の言葉を見てみたいと思います。
「情念から自由な精神は城塞である。なぜなら、人間はこれにまさる難攻不落なものを持たず、そこに退避すれば人は以後揺らぐことのない者として生きることになるからである。それ故、このことを見てこなかった者は無知であり、見ながらも退避しない者は不幸である。」
パトスを制するアパティアは、不動心であり、難攻不落の城塞のようである。という概略内容だと思われます。
個人的には、人の心というものは、どのように修練しても移り変わってゆく性質は変わらないので、状況に合わせて自分の思いとか考えをアパティア状態に誘導してゆくしかないという感想なのですが、それでも時と場合によっては難攻不落の城塞のようなイメージの強い不動心を持つことは可能なのかな。と思ったりします。
戦艦大和にも零戦にも弱点があったように、日本や世界に点在する城にも、それぞれ特徴や弱点があるのだろうと思われます。
日本の難攻不落の城塞で検索しますと、大阪城や小田原城や上田城が出てきます。
どの城も落城したり、引き渡しの開城を経験しています。
そのことを考えると、「人は城、人は石垣、」と言ってお城を築かなかった武田信玄公は正しかったのかな。と思ったりします。
(いや、武田軍は騎馬軍団とかがとても強かったので、お城を作る必要がなかったとも言えるよ。)
そうですね。そうとも言えるのかもしれませんが、武田信玄公が、それだけ部下を信頼していたので家来もそれに応えていた。と、結果的にお城はいらない。ということだったのかもしれません。
