今年を表す漢字は!?―2017年最後の集会―
holygirlです
2017年最後の集会では、一人一人が自分の一年を振り返り、イエス様に語られたことや来年に向けての抱負を漢字一文字、または二文字で表して発表しました
私は、現すの「現」にしました。
この漢字には、「今まで見えなかったものを外に出して見えるようにする。実態を明らかにする。持っている力をはっきり表に出す。はっきり見える形をとって、その姿、形を表に出す。出現させる」という意味があります
今年は、10年間のぶどうの木の学びと、神の力によって私たちが頂いた証を、世の中にはっきりと見える形として現すことができた1年でした。
1月の電子書籍出版から、11年目を迎えた9月1日には文芸社より「齊藤諒の生きる力 四肢麻痺・人工呼吸器装着の僕が伝えたいこと」を出版し、3冊のトラクト「生きる力、赦す力」、「クリスチャン医師と考えるLGBT問題」、「いじめ、自殺、虐待、病気、LGBT、認知症、アルコール・タバコ・薬物中毒、ギャンブル依存症、窃盗症、貧困、離婚・・・あなたを苦しめているのは誰?」をつくりました。(トラクトは、ホームページよりご覧いただけますhttp://budounoki92.com/pg429.html)
それによって、今までこの世の人が見えなかった聖書の霊の世界(悪霊の存在と働き、人類破滅に陥れるサタンの策略であるLGBT問題など)を、現実的に知ってもらうことができました。私はこれら全てに関わらせて頂き、とにかく書き現した一年でした。個人的には、本や冊子を用いてたくさんの人に福音ができた一年でもありました。
みことばは、2つ頂きました
ローマ8:9
被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる。
テトス2:11~15
すべての人を救う神の恵みが現れた。そして、わたしたちを導き、不信心とこの世の情欲とを捨てて、慎み深く、正しく、信心深くこの世で生活し、祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神、わたしたちの救主キリスト・イエスの栄光の出現を待ち望むようにと、教えている。このキリストが、わたしたちのためにご自身をささげられたのは、わたしたちをすべての不法からあがない出して、良いわざに熱心な選びの民を、ご自身のものとして聖別するためにほかならない。
あなたは、権威をもってこれらのことを語り、勧め、また責めなさい。だれにも軽んじられてはならない。
アーメン
漢字があらわしている通り、世の中の人々が「王」であるイエス様の御業を「見」た一年であったことに感謝し、来年も、自分自身を通して「王」であるイエス様の御業を「見」せることができるように忠実に働いていきます
兄弟姉妹たちからは、
まず神の国と神の義を求める「義」、握ったものを放すの「放」、イエス様こそ道であるという思いから「道」、出す言葉に気をつける事を語られ「言」、神が共にいて下さる事を実感し「共」、古いものは過ぎ去り全てが新しい一年だったという事から「新」、心の奥底までみことばがしみ込んだ一年だっという思いから「浸」、一人一人が神の御前で貴いことを再確認したという思いから「貴」、その他「忍耐」、「喜」、「愛」、「光」、「初心」、「進」、「会」、「繋」、「悔」、「夢」、「栄光」、「挑戦」という漢字が発表されました。
一人一人の漢字がみことばで裏付けされ、それぞれの思いと一年を見事に表しており、今年最後の集会にふさわしい有意義な時間となりました
最後に牧師が選んだ漢字を通して、ここまでのぶどうの木の歩みと、2018年に私たちが心に刻むべき事を語られました
牧師が選んだ漢字は、「超」でした
ぶどうの木牧師は、救われてから今日に至るまでの22年間、漢字があらわす通り、「召」しを抱えて走って来ました。さらに、「召」という字は、「刀」の「口」と書きます。牧師は、誰に対しても、もろ刃の剣であるみことばを口に抱えて、愛にあって真理を語ってきました。その言葉、働きかけを神の愛として受けてきた人たちが救われ、ぶどうの木の神の家族となっていきました
ぶどうの木牧師は、母教会でいやしの賜物を頂いた伝道者という預言、召しを抱えて忠実に走ってきた事によって、漢字通り、「超」自然に物事を乗り「超」えてきたのです。そして、神のみ旨だけが堅く立ってきました
今年は、4710件に齊藤諒兄弟の手記である「生きる力、赦す力」のトラクトを発送した事によって、日本各地で召しを抱えて走り続けてきたクリスチャンの方々とも繋がることができました。それぞれの置かれた場所で線香花火のように小さく、しかし確実に力強く燃えている火が、終わりの日に点火し合い、日本において大きな花火=大リバイバルとなる事を祈ります
牧師がイエス様によって受けたメッセージであれば、私たちも後に続いて同じ道を行く事になります。「皆が、神に与えられた召しを抱え、神の御手の中で走っています。何があっても決して落胆してはなりません!あなたを用いて下さっているという事は、神に見捨てられていないという事なのですから!!」と語られ、アーメンでした神の大きさ、偉大さを、神につくられた私たちの頭で全て知ることはできません。しかし、私たちは確実に神の愛に捕えられています
来たる2018年も、私たちは、それぞれが特別に頂いたみことばと、預言をしっかりと握りしめて、超自然な神の力によってたくさんの事を乗り「超」えていくでしょう
益々神に用いて頂ける年となった事を感謝します
ヨブ記26章
そこでヨブは答えて言った、「あなたは力のない者をどれほど助けたかしれない。気力のない腕をどれほど救ったかしれない。知恵のない者をどれほど救ったかしれない。知恵のない者をどれほど教えたかしれない。悟りをどれほど多く示したかしれない。あなたはだれの助けによって言葉をだしたのか。あなたから出たのはだれの霊なのか。亡霊は水およびその中に住むものの下に震う。神の前では陰府も裸である。滅びの穴もおおい隠すものはない。彼は北の天を空間に張り、地を何もない所に掛けられる。彼は水を濃い雲の中に包まれるが、その下の雲は裂けない。彼は月のおもてをおおい隠して、雲をその上にのべ、水のおもてに円を描いて、光とやみとの境とされた。彼が戒めると、天の柱は震い、かつ驚く。彼はその力をもって海を静め、その知恵をもってラハブを打ち砕き、その息をもって天を晴れわたらせ、その手をもって逃げるへびを突き通される。見よ、これらはただ彼の道の端にすぎない。われわれが彼について聞く所はいかにかすかなささやきであろう。しかし、その力のとどろきに至っては、だれが悟ることができるか」。
使徒行伝13:22
それから神はサウロを退け、ダビデを立てて王とされたが、彼についてあかしをして、『わたしはエッサイの子ダビデを見つけた。彼はわたしの心にかなった人で、わたしの思うところを、ことごとく実行してくれるであろう』と言われた。
ハバクク2:2~4
主はわたしに答えて言われた、「この幻を書き、これを板の上に明らかにしるし、走りながらも、これを読みうるようにせよ。この幻はなお定められたときを待ち、終りをさして急いでいる。それは偽りではない。もしおそければ待っておれ。それは必ず臨む。滞りはしない。見よ、その魂の正しくない者は衰える。しかし義人はその信仰によって生きる。
アーメン