仏教とは?~初韓国旅行をとおして~その1
はじめまして
リンゴ娘と言います26歳です♀
私は、善光寺がある長野県長野市の代々仏教の家に生まれました。大学進学のため浜松に来たのですが、ずっと喜びがなく、不安な日々を過ごしていました
そして、大学4年の冬に同じクラスだったポチからイエス様のことを聞き、救われてクリスチャンになりました
ブログに登場しているイチとも同級生です!私はイエス様を知り、たくさんの愛をいただきました
お話ししたいのは、同級生姉妹のポチ&イチと行った韓国旅行を通して、私がイエス様から語られたこと私たち日本人、そして韓国人をだましてきた仏教(宗教)についてです
今年の夏、初めて韓国(ソウル)に行きました
実は、はじめから行きたかったわけではないんです
なぜなら、私の中で韓国は『日本と戦争をし、日本を恨んでいる国』『反日の国』という思いがあったからです。韓国に対する罪悪感もありましたし、韓国へ行ったら、日本人だということでどんな迫害を受けるか…という思い煩いもありましたですが、その罪悪感や煩いはイエス様からではなく、クリスチャンになる前の自分(古い自分)が持っていた思い(サタンが入れた思い)であることをぶどうの木で教えていただきました。
私はそんな思いは捨てて、一歩踏み出そうと決心しました聖書には『初めに言葉があった』(ヨハネ1:1a)と書いてあります。まず「韓国へ行きたい!」と言葉にしました
…すると、あれよあれよという間に、本当に行くことになり、私の気持ちも絶対に行きたい!という思いに変わりました!なぜそこまで韓国に行きたい思いに変わったのか…イエス様がその思いを入れてくださった
と確信し、どんなご計画があるのかと、とても嬉しく楽しみになりました
さらに、イエス様は教会から旅費まで与えてくださり、全てを備えてくださいました
ピリピ4章19節
『わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たして下さるであろう。』
そして、韓国旅行直前に牧師を通して
『サタンが作り出した武器である仏教(=情=偽善=お金を頭[かしら]にする)は、韓国(や中国)を通して日本に入ってきた。それを日本に入れてきた国に行き、自分が何にとらわれていたか、韓国を自分の鏡だと思ってサタンの策略をしっかりと見て、肌で感じてくることそして、常に喜んで行ってきなさい
』と言われました
私の召しと選びは、以前から『仏教(宗教・カルト)撲滅』だと言われていたので、今回の韓国旅行もそのためだとわかり、イエス様に感謝し、姉妹たちと喜んで韓国に旅立ちました
使徒行伝9章18節
『するとたちどころに、サウロの目から、うろこ(古い宗教)のようなものが落ちて、元どおり見えるようになった。』
初韓国は驚きの連続でした
隣の国なので日本と似ていると思いきや~、街も人も雰囲気も日本とは違いましたたくさんの路上駐車、鳴り響くクラクション…なんて自分勝手な国なんだとカルチャーショック
…でも、考えてみれば古い自分と同じ!(クリスチャンになる前の私はかなり自分勝手で、自分が良ければ良いという人間でした。)韓国と自分との繋がりを感じました!
滞在中は、留学中のholygirl牧師が案内してくださり、いろいろな所へ行きました
私は韓国に行ったら行きたいところ、やりたいことが2つありました。「韓国の教会に行きたい!」「韓国の若者と交わりたい!」です!そして、その2つとも実現しました
韓国の教会
ソウルには教会がとてもたくさんありました!あちらこちらに十字架。(夜になるとその十字架は赤く光り、より目立ちます)
日曜日を挟んで韓国に行ったので、たくさんある中でも韓国で有名な教会(何十万人も信徒がいる世界一大きな教会)にイエス様が導いてくださいました。実際に行くと想像をはるかに超える規模の教会で、会場の大きさ、人の多さ…まるでコンサート会場のようでした!
ですが、礼拝がはじまり驚きました。冒頭に牧師が語ったことが、竹島問題と北朝鮮に対しての韓国の勝利についてだったからです。『戦争も領土問題もサタンの策略』などという話は一切出ませんでした。また、聖書には『互いに愛し合うこと』『無条件の許し』が書かれています。しかし、そこで語られたことは『愛』や『許し』ではなく、『裁き』の言葉でした。まるで、それが真理であるかのようにサタンによって『裁き』がすり込まれていたのが衝撃でした。
私は、フッと思いました。あの場に何千人もいて、誰か一人でも他人のこと、他国のこと、世界のことを祈った人がいたのだろうか…世界のクリスチャンが一つになり、この地球が神の国となることを信じて祈った人がいたのだろうか…。
クリスチャンと言っていても名ばかり。完全にサタンに使われている偽キリスト教カルトです
第2コリント11章13~15節
『こういう人々はにせ使徒、人をだます働き人であって、キリストの使徒に偽装しているにすぎないからである。しかし、驚くには及ばない。サタンも光の天使に偽装するのだから。だから、たといサタンの手下どもが、義の奉仕者のように偽装したとしても、不思議ではない。彼らの最期は、そのしわざに合ったものとなろう。』
韓国は4人に1人がクリスチャンの国だと言われているようですが、それがこのようなただのカルトならば、何の意味もありません。むしろ、イエス様の教えに対し誤解を招き、マイナス!反キリストです。そうなってしまっているクリスチャンはたくさんいます。(もちろん、日本のクリスチャンも!自分がそうならないようにクリスチャンは日々自分を吟味しなければなりません。)それは仏教となんら変わりません!ですが、彼らはサタンにだまされ、良い様に使われているだけです。彼らがそれに気づき解放され、真理に至ることを祈ります
韓国の若者との交わりも感謝でした
holygirl牧師の韓国の友達と交わり、一緒に買い物や食事をしたり…日本人以外とそうやって会うことは初めてで、ドキドキでしたholygirl牧師通訳のもと、和気あいあいとした交わりになりました。その中で、彼らが私たち日本人に聞いてきたことが「竹島問題についてどう思う??」でした
(領土問題で争うことはサタンの策略です。人間の知恵知識では解決できません。どちらのものかではなく、全ては神のもの!互いが真理に基づき、自分の利益を求めずに許し愛し合ったとき、神の力によって解決すると私は信じています。)日本で同年代の若者と話していてもまず出ない話題です。それと「戦争が起こったら、自分は戦争に行く!」と言っていたこと。驚きました
日本と韓国の大きな違いでした
それらは、イチに思いが入れられて行った(イチの韓国旅行ブログにも書いてあります)戦争博物館を見て納得しました。戦争博物館は、見た目はすごく立派で大きな建物でしたが、『自分達は、受けたこと、屈辱を絶対に忘れない!』と国民の心を繋ぎ止めているように思えました。そこでは、韓国がどれほど他国からの侵略を受け続け、サタンに翻弄されてきた国か知りました。そして、サタンの策略(侵略、戦争…)により、今に至るまで、やはりずっと、裁くことがすり込まれてきたのだと感じました。
サタンは人に裁かせることで、大切なものを見えなくさせると語られました。(戦争は、人の命の大切ささえわからなくなってしまいますね)そして、サタンが一番見えなくさせたいのは、イエス様の教え!『愛し合うこと』『許すこと』ですね!現に、先にお話しした教会が完全にクリスチャンとしての基本のその教え(土台)が盗られていました。
人を裁くことはサタンの思う壺です
ですがそれは、ずっと仏教を信じてきて、裁きに陥った古い私そのものでした!その間、殺生はいけない!盗みはいけない!など、人として当たり前のことは聞いたことがありましたが、誰からも『愛し合うこと』『許し合うこと』などは聞いたことがありませんでした。そんな仏教を信じ、自分が中心で常に人を裁くことが当たり前だった私。何も見えず、とても苦しい歩きでした。そして、そこには喜びもありませんでした!!誰かを裁いていて、喜びなんか生まれないですよね!
今、誰もがそういう歩きではないでしょうか?思い当たる節はありませんか?
その2へ続く…