The Green Door ─グリーン・ドア─



大都市ニューヨークではいつも冒険が待ち受けている。どの街角でも視線にさらされ指をさされる。冒険はそこにある。しかしそのことに気付いている者は少ない。

ルドルフ・スタイナーは真の冒険者だった。彼はほとんど毎晩のように何か変わったものを探しにでかけるのだった。次の角を曲がったら何が待ち受けているのだろう。彼はいつもそんなことを考えていた。

ある夜、ルドルフは街の古い地区の通りをゆっくり歩いていた。その夜は人通りがあった。家に帰る人もいればちょっとしたレストランに食事をしに行く人もいた。

混雑したレストランの前を通りすぎると、その隣に開いたドアがあった。その上には診療所の看板がかかっていた。ドアのところに大きな男が立っていた。男は通行人にビラを配っていた。このようなビラ配りなら以前にも見たことがあった。ビラには3階の診療所の医者の名前が書いてあるのだろう。ルドルフは見もせずさっと取った。

少し行ってからビラを見た。はっとした。興味をひかれて、裏返してもう一度見た。片面は何も書かれていなかった。もう片面には“グリーン・ドア”とだけ書かれていた。数歩先を歩く男が、受け取ったビラを捨てていった。ルドルフはそれを拾った。それには医者の名前と番地が書かれていた。本来なら自分がもらったビラにも同じことが書かれてあるはずなのだ。ルドルフは向きを変えると再び診療所の前を通った。男からまたビラを受け取った。そのビラにはまたしても“グリーン・ドア”と書かれていた。通りにビラが3、4枚落ちていた。人が捨てていったものだ。それを見てみた。どのビラにも医者の名前が書いてある。

ルドルフはビラを受け取った場所に戻り、建物を見上げた。冒険が呼んでいる。そう確信した。1階は小さなレストラン。2階は人の住むところ。その上が診療所。

ルドルフは建物に入り、2階に上がった。あたりを見渡すと緑色のドアが目にとまった。まっすぐその緑色のドアに向かうとドンドンとノックした。かすかな音がしてドアがゆっくり開いた。二十歳に満たない少女が立っていた。顔は蒼白でとても弱っていた。彼女は片手を差し出そうとして倒れかかってきた。ルドルフは彼女を受け止め、部屋の中に運ぶとベッドに寝かせた。ドアを閉めて部屋を見渡した。みすぼらしかったがとても清潔だった。

少女は目を閉じたまま横になっていた。いまや少女は目を覚まし、ルドルフはその顔をまじまじと眺めた。灰色の瞳、小作りな鼻、茶色の髪。すばらしい冒険にうってつけの顔だ。しかしその顔はやせて青ざめていた。

少女はルドルフを見るとほほえんだ。「私、倒れたんですね。」彼女が言った。「3日間何も食べていないと、こんなことになります。」

「なに!?」ルドルフは大きな声を出した。「戻ってくるまで待っていなさい。」

彼は緑色のドアを飛び出して通りに出た。20分もしないうちに戻ってきた。スーパーで買ったバター付きのパン、チルドの肉、ケーキ、魚、牛乳などを両腕いっぱいに抱えていた。

「食べるのを止めるなんてばかな奴だけだよ。そんなことをしてはいけない。食事を用意したから。」彼は彼女を支えてテーブルに着かせた。自分も他のいすをテーブルに引き寄せて座った。

少女はずっと餌にありつけずにいた野生の小動物みたいに食べ始めた。徐々に力が戻ってくると、彼女は小さな身の上話を語りだした。この手の話は、この街では毎日ごまんとある。給料が安くて、病気になって、仕事をなくして、希望を失ったところに冒険者が現れた。そんなある少女店員の話。しかしルドルフにとっては小さな話ではなかった。大きな話だった。

「またずいぶんといろんな苦労をしてきたな。この街に家族や友人は?」彼は聞いた。

「一人もいません。」

「僕も天涯孤独の身なんだ。」ルドルフが言った。

「私、うれしいです。」自分の孤独を少女がうれしく思っている。若者はそれを聞いて喜んだ。

唐突に少女は目を閉じた。一度閉じた目は簡単には開かなかった。「眠ってしまいそうです。気分もいいし。」少女が言った。

ルドルフは立ち上がって帽子を取った。

「じゃあ、邪魔したね。今日はぐっすり眠って元気になるといい。」

彼が手を差しのべると、少女はその手をつかんで「おやすみなさい」と言った。しかし少女は眼差しで問いかけた。

「あしたも様子を見に来るよ」彼は言葉で返した。

「何で私の部屋へ来たのですか?」彼がドアの前に立ったとき、少女が聞いた。

つかの間、少女を見つめた。ズキン、とした。もしあのビラが他の冒険者の手に渡っていたらどうなっていただろう。本当のことを知らせてはいけない。即座にそう判断した。少女は助けを呼ぶのにこんな変な手を使った。自分がそれに気が付いていることを、決して少女に知られてはならない。

「別な人を探していてね」彼は言った。

最後に彼が目にしたのは少女のほほ笑む顔だった

帰りがけに廊下を見回ってみた。この建物のドアはどれも緑色に塗られていた。

表に出た。大きな男はまだそこにいてビラを配っていた。ルドルフは“グリーン・ドア”と書かれたビラを見せた。

「なんでこれを僕に渡したんですか?」彼は聞いた。

「そういうビラと医者の名前のビラを渡しています。お金をもらってビラ配りしているもんで。」男は言った。

「でもこの文字はどういう意味なんですか?」

男は笑った。「ほら、あれですよ。」彼は通りの向こうを指差した。

ルドルフはそっちを見た。そこには劇場があって、その上には電飾に浮かぶ大きな看板があった。そこに“グリーン・ドア”の文字があった。

ルドルフは角の店に立ち寄って新聞を買った。店を後にしながら彼は心の中で思った。「そうさ、あの少女とはこんなふうに出会う運命だったんだ。知ってるさ。」

なぜ知っているか、それはルドルフが真の冒険者だったからである。