彼の存在は
長男に新しい世界を教えてくれたのかもしれない。
アルバイトの日ではないけれど
早々と帰ってきた長男が
『またすぐに学校戻るわ。』と。
へ?なんで?と聞くと
『今日これから野球部の卒アル写真撮るらしいんだけど、〇〇がユニフォーム忘れたらしくて。
家に取りに帰ると撮影時間に間に合わないから
俺のユニフォーム貸してくれないかって言いに来た。』
と。
長いこと、読んでくださっている皆さんにしかわからない、
野球部の〇〇。
そう、〇〇くんは
長男が野球部を辞めたいと思うようになった大きなきっかけのひと。
その〇〇くんが
長男の教室にまでやってきて
『今日暇?』と聞いてきて
『申し訳ないんだけど⋯』と、前置きをしたうえで
ユニフォームを貸して欲しいと。
我が家ですと、家に取りに帰っても
撮影時間に間に合うけれど
〇〇くんが自宅に取りに戻ると撮影予定時刻には間に合わないかもしれないとのこと。
ひとに借りるなら
〇〇くんもこの家まで取りにきて
あとは1人で学校に戻りなよと思うけれど
家に来られるのも長男的には多分イヤで
ユニフォームを持って
再度学校へと向かいました。
『君は本当に優しいねぇ⋯。』
言わずにはいられませんでしたよ。
イヤな顔もしていませんでした。
ユニフォームだけで本当にいいのかな?
万が一に備えて下も持ってってやるか、と
持っていってあげていました。
なんて優しい子なんでしょうか⋯。
自分に対して一時期だけでも牙をむいていた相手に
そんなふうに優しく手を差し伸べてあげられるものなのかと
なんて美しい心の持ち主なんだろう⋯
野球部を辞めて、
長男の世界は広がり、
ものすごく楽しそうになったのです。
げっそり痩せて
部活から帰ってくると表情もなく座り込んで
ぼんやりスマホをいじっていたあの頃⋯
部活を辞めたあとは
草野球チームを作り、
中学も高校も違う子たちと旅行に行くほどに仲良くなって、
過酷な野球から
楽しい野球になり、
アルバイトをする時間もできたので
働くこと、
お金を自力で稼ぐことも知りました。
アルバイト先では技術も身に着け、
社会性も学び、
一緒に働いている大学生に、テスト前には勉強も教えてもらったり。
辞めて良かったよね、と
時々長男とも話しますし
私も長男も、辞めて良かったと本気で思っていても
〇〇くんの話題が出ると
私の心の一部分が固くなっていることを感じていました。
だけど
清々しく、〇〇くんのために自分のユニフォームを貸してあげる長男を見ていたら
ひとつの「生き様」を見させていただいた気持ち。
私が育てたとは思えない、
なんて心の優しい子なんだろう。
〇〇くんは
長男を部活から追い出したわけではない。
〇〇くんは
長男を、もっと素敵な世界へと一歩踏み出せるために
背中を押してくれたんだ。
彼の存在は
長男に新しい世界を教えてくれたのかもしれない。
卒業アルバムの中で
〇〇くんが着ているユニフォームは
長男のユニフォーム。
私は長男が誇らしい。
誇らし過ぎて
涙がでちゃいます。