「辛い気持ちだって、光だから…」

 

ああ、本当にそうだなぁ。

 

この言葉を聴いた時、なんだかほっとした。

 

辛いと感じるのは、ネガティブなこと。

 

悩んだり、苦しんだりするのは、自分が未熟だから。

 

物事はただ物事であってニュートラル、

良い・悪いの意味づけをしているのは、ほかでもない自分。

 

…こういう考え方が、主流になりつつある世の中だから、

「辛い」を作り出して、苦しい状況に自らを追い込む、そういう思考をする自分がダメ!…と思いがち。

 

だけどさ、思考に気をつけるようになったとはいえ、

現実では、「本当にそうか~~?」と言わんばかりに、次々といろんなことが起こる。

 

それは必ずしも愉快なことばかりじゃない。

 

当然「辛い」と思うことも起こっちゃうわけで…。

 

そんな時に、「辛いことだって、光だから…」なんて言われると、ホロリときちゃう。

 

誰がそんなことを言ったのかって?

 

この人です。

 

 

ドラマ「僕らは奇跡でできている」で、高橋一生演じる一輝のセリフ。

 

好奇心の赴くままに生きている一輝は、人としては幸せかもしれないけれど、

社会の一員としては、あちこちで軋轢を生む。

 

たいていの人は、一輝の生き方を羨ましいと思うが、真似はできない。

 

人は自分に禁じていることを、イケシャアシャアとやってのける相手に、怒りを覚える。

 

同僚の樫の木先生は、ついにキレて、その苛立ちをぶつけてしまう。

 

「消えてほしい」と言われ、深く傷つく一輝。

 

傷心を抱えて森に行き、地面に寝転がって空を仰ぐ。

 

自然の中で、自分の「辛い」を見つめた一輝の口からこぼれたのが、先述のセリフだ。

 

そして彼は言う。

 

「辛い気持ちだって、光だから。

 

僕は、これからも自分の光を広げていく。」

 

楽しいも嬉しいも辛いも悲しいも、全部自分の一部だから、

それを丸ごと受けいれて、自分であることを辞めない…。

 

そんな意味だろうか。

 

 

このドラマがすごいのは、

一輝はおそらく発達障害なのだが、

全編で一度も「発達障害」という言葉が出てこなかったこと。

 

ただただ淡々と一輝の毎日を追いながら、発達障害を描いている。

 

発達障害と言っても、投薬で安定を計る必要がある場合から、

ちょっと変だけれど、周囲の理解があれば、 社会に適合できる場合、

生き辛さはあるものの、一人で対処できる場合まで、様々だ。

 

発達障害は、脳の機能障害なので、環境や育て方のせいではない。

 

人間関係の構築が難しい、コミュニケーションが下手、

空気が読めない、集中しすぎて他のことが見えなくなる、

人の気持ちを慮ることが苦手、そんな特徴がある発達障害。

 

…ちょっと変わってるとか、変な奴とか思われて、

仲間はずれになったり、いじめの対象になったりする。

 

でも必要なのは、理解。

 

発達障害への理解。

 

そしてほんの少しの思いやりとサポート。

 

そうすれば生まれつき発達障害を抱えていたとしても、

その人も社会の中に居場所を見つけ、

しばしば秀でた能力を発揮することも誰かの役に立つこともできるし、

そういう環境と機会が与えられた場合は、大きなことを成し遂げる。

 

ちょっと人と違うからといって、相手を排除しないために、

知って理解することが、とても重要になってくる。

元々、私たちは全員、どこかちょっと変わってるのだから…。

 

「僕らは奇跡でできている」は、その理解を深めてくれるドラマだ。

 

発達障害を抱えていても、一輝は実に愛すべき人間だし、

自分の中の光を外に向かって表すことで、

周囲の人たちの考え方や行動に変化をもたらす。

 

「辛い気持ちだって、光だから…」なんて、心に響く言葉は、

ピュアなハートからしか生まれてこないと思う。