人道支援の活動をしている中で、人権侵害を目の当たりにすることは珍しくなく、そしてその人道援助が妨害される事例は山ほどあります。
2012、2013年のシリア派遣では政権側からの入国許可、活動許可が下りないばかりに無許可入国を行い、政権側の医療活動妨害として空からの攻撃を受けながら活動を行っていました。
2015年でのイエメンでの活動でも似通った経験をしています。私達が支援している医療施設の空爆は報道されていう1つや2つの事例どころではありません。
ただ私自身が個人的に被った人権侵害は、ここイスラエルという国で初めて体験しました。
ガザでの活動の延長が決まり、ビザの新規取得を目的にヨルダンに1日だけ出国、そして陸路でイスラエルに戻った時にその国境でイスラエル当局に拘束されました。
私自身は一人で行動していたのですが、電話の向こう側では私の所属する団体の数人が私の動きを管理していました。ところがその電話を使う事も許されず、ライフルを持った人物たちに隔離され怒鳴られパスポートを取り上げられ、同じような尋問が繰り返されました。
当初ヨルダンに送り返される事を検討されていたようですが、私はそれでももう良いと思っていました。ガザで生活をしていた自分の部屋には諦められる物のみを残してきてありました。
このような嫌がらせの拘束は実は予測範囲内でした。
私のパスポートにはもう何度もガザ入境のスタンプがあります。
自分たちが180万人ものパレスチナ人を封鎖しているガザという地域に人道支援でウロチョロするような私達『ハエ』に対して、スプレーで殺傷するのではなく、ハエ叩きでバンバンと妨害をしているのです。
数時間後、罵声に近い言葉と共に解放され、イスラエル再入国は果たしました。
最大の嫌がらせをしておいて最後には入国させる、目的は「入国をさせない」事ではなく、「嫌がらせ」なのである、とベテランのジャーナリストの人にあらかじめ聞いていました。
私はこの経験は「ガザ支援につきものなのだ」と言い聞かせ、また
こんな事くらいでガザ支援を続ける信念は曲がるはずなどなく、むしろますますガザに行かなくてはならない理由が見つかったと思いました。
実はこのような仕打ちは他の国境でも受けました。
1つはイスラエルーガザ国境( ガザは国ではないので何と呼ぶのやら・・・)
他の人が通常にスル―して通り抜ける中、私だけが「無人取り締まり室」に誘導されました。監視カメラと音声マイクからの管理でした。顔の見えない相手からスピーカー越しに命令されるがままにパンツ1枚となり、自分が脱いだ洋服を自分でX線の機械にかけさせられました。
電気もついてない薄暗い取調室で1人ボッチでパンツ1枚の形になっている自分に
「パレスチナ人が受けている辱めはこんなものではないのだ」と慰めました。
そして更なる最大の辱めは私のイスラエル最終日、帰国日のテルアビブ空港でした。まずこれ以上ないという程の執拗な尋問から始まりました。
パスポートとの履歴に沿って「2012年でのイエメンで出会った人物すべての詳細、住んでた場所」等々、これが延々と、パキスタン、トルコ、(実際にはシリア)、2回目のトルコ(シリア)、南スーダン、2回目のイエメン・・・。
後から知ったのですが、このとき私のパスポートは取り上げられ、特別な印をつけられていました。(後から知って悔しくてゴリゴリと怒りに任せて消しました)
尋問から解放され自由になったと思い、普通に出国審査前のセキュリティチェックの列に並びました。
と思ったら、例のパスポートにつけられていた印によって通常のセキュリティチェックの場所ではなく、全くの別個に設けられた超スーパーセキュリティチェックの場所にもれなくVIP対応でエスコートされてしまいました。
こちらで荷物という荷物、財布の中のレシートの1つ1つまで、飛行機の中で食べようと思っていたパンは開けられ、家族へのお土産も開けられ、そしてここでも再びパンツ1枚の刑。服はすべて部屋から外に持ち出されました。
パンツ1枚にさせられた後は2人の検査官による執拗な金属探知機の全身チェック。足を大きく開かされ、股間(他に良い言い方ありますか?)チェックまで。(子宮爆弾なんか隠してませんし・・・)
こんな事が4時間・・・・・
搭乗時刻を過ぎて解放されました。
(超猛ダッシュで出国審査、ゲートへ)
これも後から知ったのですが、搭乗時刻を計算し、猛ダッシュをすれば間に合う時間を計算してやっている事が分かりました。
怪しいと思ったら躊躇なく引き金を引けという訓練を受けているお人達ですから、人の食べようと思ってたパンを平気で開けて綺麗なんだか汚いんだか分からない手と探知機でべたべた触って平気で袋に戻す、こんな事って息をするくらいフツーのレベルなんでしょう。
そうこうしながら4月2日に無事に帰国。
つい先日、土井敏邦さんにお会いしてきました。
イスラエル・パレスチナ問題を数十年取材している中東専門のジャーナリストでいくつものドキュメンタリーを映画にしている映画監督です。
しかし土井さんはそのような拘束は未経験だそうで、静かな方ですから冷静な口調ではありましたが、私の経験を聞いて憤慨して下さりました。
土井さんの作品
「届かぬ声」
「沈黙を破る」
「ガザ攻撃」
他多数・・・
これらのドキュメンタリーを改めて見ながら、やはり私の受けた嫌がらせは、パレスチナ人の受けているものの比にならない、このパレスチナの届かない現実を、どうにか世間に届けたい。土井さんの長期間の地道な取材に頭を下げながら、
たったの3ヶ月滞在ではあったけれど、私にも伝えられる事があるはずだ、看護師として見てきた現状を看護師の視点で世間に伝えなくては、と思いました
早いものでガザ地区での派遣から6週間がたち、いったんガザを脱出してエルサレムで2日間半の休暇を過ごしてきました。
イスラエルという国を一般市民ごと大嫌いだった私は、この休暇中に『自分の知らない素敵なイスラエル人達』と接した事で戸惑い、心の感情のバランスが崩れてしまいます。
私はイスラエル人が大嫌いでした。
繰り返すほどに嫌いだったのです。
国の政策と一般市民は分けて考えなくてはなりませんが、ここイスラエルという国は、国民全体が戦闘モードでとっくの昔から戦争に対していつでも準備完了の国。実際に何度も戦争を重ねてきています。
そしてガザ地区のようにパレスチナ人達がイスラエルの国や軍によって閉じ込めらてしまっている姿を見ると、やはりイスラエルという国は我慢なりません。
それを知っていて世界中から入植してくるユダヤ人(要は一般市民)に対しても私は全くいい印象を持っていなかったのです。
それを知っていて世界中から入植してくるユダヤ人(要は一般市民)に対しても私は全くいい印象を持っていなかったのです。
私個人に限っても、パレスチナ自治区に援助に行くというだけでイスラエル入国時の屈辱的な検査官からの嫌がらせ、言葉にはできないほど恥ずかしい形で行われたセキュリティチェックに耐え・・・
私は過去の紛争地で何度もリアル兵士達を見てきましたが、このイスラエルという国の軍の兵士達の恐ろしいほどのフル装備には吐き気がします。ただ街を警備するだけで武器ってそんなに必要なのでしょうか?
一体何個携帯してるのだろう・・・
(あれは絶対に腰痛に悩まされてる人がいるに違いないです・・・)
(あれは絶対に腰痛に悩まされてる人がいるに違いないです・・・)
っていう人達がどこもかしこもウヨウヨ。
とはいえ、ここでは徴兵制度で男子は4年、女子でさえ2年駆り出され男子に限っては40歳まで毎年の技術研修があるという国ですからね、国民全体で戦闘モード準備完了なのです。
さて、そんな大嫌いな国、イスラエルのエルサレムで休暇を取りました。
エルサレムは3つの宗教の聖地が入り込む、とってもややこしい都市です。(今回はそれについては触れません)
そこで私は大嫌いなイスラエル人達と自然に接する事になるのですが・・・・・
大嫌いなイスラエル人達に行く先々で親切にされ
大嫌いなイスラエル人達に助けられ
そして半信半疑だった『実はパレスチナ人達と和解したがっているイスラエル人』は本当に存在する事も知り・・・
さらにイスラエル人とパレスチナ人の若者2人が、キリストの産まれた教会の前でギターを一緒に弾いているのを目撃したのです。
ユダヤ教のイスラエル人ではなく、イスラム教のパレスチナ人ではなく、キリスト教の聖地の前でギターを弾いている2人は「人間」でした。
ユダヤ教のイスラエル人ではなく、イスラム教のパレスチナ人ではなく、キリスト教の聖地の前でギターを弾いている2人は「人間」でした。
さらに私はユダヤ人に対する大量虐殺の記念館を訪れてしまいました。
もちろん今までに何度もホロコーストに関する本や映画は目にしてきましたし、よく勉強してきたつもりでしたが、ここの記念館での大量な実録動画や写真を目にしてしまい、もう心が壊れそうになりました。
そしてユダヤ人の自分たちの国を建国し、それを異常なまでに死守する執拗な気持ちに初めて共感してしまったのです。
もちろんだからといって、今までアラブ人が住んでいたパレスチナという土地を占拠してしまうのは許される事ではありませんが、このようにここまでにユダヤ人を追い込んでしまった国際社会にそもそも責任があるでしょう。
骨と皮になったユダヤ人の死体の山をブルドーザーで穴に放り込む実録。
大きな穴の淵に5人づつ真っ裸にされ、銃殺される女性と子供。穴には銃殺後の死体の山、そしてそれを見ながら次の銃殺の順番を待っているグループ。(こちらも実録)
ユダヤ人を殺戮・迫害していた国々こそイスラエル・パレスチナ問題の平和解決に向けて関わるべきではないのか・・・。ドイツのユダヤ人に対する補償は終了したといいますが、問題はまだまだ実は続いているのです。
私はパレスチナ・イスラエル問題はイスラエルを適当に悪く叩いてそれで簡単に素通りしていました。
イスラエルの事を悪く思う事で楽にガザでの援助のモチベーションのパワーに変えていた私は、普段メディアには出てこないイスラエルの姿を実際に見た事で本当に戸惑いました。
どうしたらこの2つの国は和解できるのだろう。
そう、私はイスラエルの悪口を言っているだけで、この難題から目を背けていたのです。だってこれを考えたら終わりが見えなくて大変ですから無意識に避けていたのでしょう。でもそれでもやっぱり私たちは考えなければならないのです。
実はこの休暇中に素敵なNPO団体で働く日本人に出会いました。パレスチナ人とイスラエル人のそれぞれ子供たちの触れ合いの場を設けるという草の根の活動をしていました。そんな団体があるなんてとても嬉しくなりました。私の医療活動なんかよりも根本的な平和解決へ向けた活動ですね。
私は個人で何ができるとも変わるとも思いませんが、パレスチナ人も人間であるならば、イスラエル人もまた人間なのだという基本に目が覚めた事をきっかけに、これからの活動に対する気持ちを見つめなおしていきたいと思うきかっけとなった休暇でした。
そしてユダヤ人の自分たちの国を建国し、それを異常なまでに死守する執拗な気持ちに初めて共感してしまったのです。
もちろんだからといって、今までアラブ人が住んでいたパレスチナという土地を占拠してしまうのは許される事ではありませんが、このようにここまでにユダヤ人を追い込んでしまった国際社会にそもそも責任があるでしょう。
骨と皮になったユダヤ人の死体の山をブルドーザーで穴に放り込む実録。
大きな穴の淵に5人づつ真っ裸にされ、銃殺される女性と子供。穴には銃殺後の死体の山、そしてそれを見ながら次の銃殺の順番を待っているグループ。(こちらも実録)
ユダヤ人を殺戮・迫害していた国々こそイスラエル・パレスチナ問題の平和解決に向けて関わるべきではないのか・・・。ドイツのユダヤ人に対する補償は終了したといいますが、問題はまだまだ実は続いているのです。
私はパレスチナ・イスラエル問題はイスラエルを適当に悪く叩いてそれで簡単に素通りしていました。
イスラエルの事を悪く思う事で楽にガザでの援助のモチベーションのパワーに変えていた私は、普段メディアには出てこないイスラエルの姿を実際に見た事で本当に戸惑いました。
どうしたらこの2つの国は和解できるのだろう。
そう、私はイスラエルの悪口を言っているだけで、この難題から目を背けていたのです。だってこれを考えたら終わりが見えなくて大変ですから無意識に避けていたのでしょう。でもそれでもやっぱり私たちは考えなければならないのです。
実はこの休暇中に素敵なNPO団体で働く日本人に出会いました。パレスチナ人とイスラエル人のそれぞれ子供たちの触れ合いの場を設けるという草の根の活動をしていました。そんな団体があるなんてとても嬉しくなりました。私の医療活動なんかよりも根本的な平和解決へ向けた活動ですね。
私は個人で何ができるとも変わるとも思いませんが、パレスチナ人も人間であるならば、イスラエル人もまた人間なのだという基本に目が覚めた事をきっかけに、これからの活動に対する気持ちを見つめなおしていきたいと思うきかっけとなった休暇でした。
私の戦地での看護活動
それは血だらけになった一般市民を受け入れるたびに
空爆を、戦争を呪う、そんな毎日。
治療してもしてもその傍らで空爆の音は鳴りやまないし、銃声は響き渡り続ける
現場での医療活動では戦争は止められない
なので当然 私は戦争を止められない
でも誰かお願いだからこの空爆を止めてほしい
お願いだから戦争をやめてほしい
空爆で足がもぎれて苦しむ被害者の姿
亡骸にしがみつき泣き叫ぶ遺族の姿
そんな光景を目にする度に自分の無力さに無念を感じてしまう
ある日・・・・
と言ってもそれはきのうの事
私は滅多に怒らず
決して人間関係でトラブルを起こしたりはしないのだけれど
それでもきのう、ある衝突をしてしまった。
悔しくて怒りが出てきて1日中その事が頭から離れない。
今までうまく付き合ってた人なのに・・・
言い返したい、やり返したい、負けたくない!
そんな気持ちまで沸いてきて・・・
気持ちが収まらずに
とうとう言い返してしまった
すっきりした!
と思ったら・・・
更に言い返されてしまった
く、悔しい!
ひどい!
絶対に許さない・・・
どうやって言い返そう・・・
そしてふと・・・
これが戦争の正体なのかと・・・
今まで戦争をする人達に心から叫んでいた。
争いから生み出すものは何もない事を。
そして、被害に遭った人達に心から願っていた。
辛いけど、悲しいけど、悔しいけど、
でも赦す心を持つ努力をして欲しいと
そう、戦争を止める事とは、
自分の親を、子供を、旦那を妻を殺した相手を赦すという事
不可能に近いかもしれない
それができたら奇跡なのかもしれない
そして今回のトラブルで抱えた自分の気持ちと戦争を照らし合わせてみたら同じ事なのではないかと思った。
争いからは何も生まれない
そして相手を赦さなくては終わらない
今まで他人に争いをやめなさい、相手を赦しなさいと思っておきながら自分の事は棚にあげて・・・とはまさにこういう事かな
まずは自分の中の怒りを解消し
(まだ悔しいけど!)
(ちょっとまだ怒ってるけど!)
戦争で家族を殺された人に比べたら、
簡単にできる・・・
今から電話して謝ってみます
それは血だらけになった一般市民を受け入れるたびに
空爆を、戦争を呪う、そんな毎日。
治療してもしてもその傍らで空爆の音は鳴りやまないし、銃声は響き渡り続ける
現場での医療活動では戦争は止められない
なので当然 私は戦争を止められない
でも誰かお願いだからこの空爆を止めてほしい
お願いだから戦争をやめてほしい
空爆で足がもぎれて苦しむ被害者の姿
亡骸にしがみつき泣き叫ぶ遺族の姿
そんな光景を目にする度に自分の無力さに無念を感じてしまう
ある日・・・・
と言ってもそれはきのうの事
私は滅多に怒らず
決して人間関係でトラブルを起こしたりはしないのだけれど
それでもきのう、ある衝突をしてしまった。
悔しくて怒りが出てきて1日中その事が頭から離れない。
今までうまく付き合ってた人なのに・・・
言い返したい、やり返したい、負けたくない!
そんな気持ちまで沸いてきて・・・
気持ちが収まらずに
とうとう言い返してしまった
すっきりした!
と思ったら・・・
更に言い返されてしまった
く、悔しい!
ひどい!
絶対に許さない・・・
どうやって言い返そう・・・
そしてふと・・・
これが戦争の正体なのかと・・・
今まで戦争をする人達に心から叫んでいた。
争いから生み出すものは何もない事を。
そして、被害に遭った人達に心から願っていた。
辛いけど、悲しいけど、悔しいけど、
でも赦す心を持つ努力をして欲しいと
そう、戦争を止める事とは、
自分の親を、子供を、旦那を妻を殺した相手を赦すという事
不可能に近いかもしれない
それができたら奇跡なのかもしれない
そして今回のトラブルで抱えた自分の気持ちと戦争を照らし合わせてみたら同じ事なのではないかと思った。
争いからは何も生まれない
そして相手を赦さなくては終わらない
今まで他人に争いをやめなさい、相手を赦しなさいと思っておきながら自分の事は棚にあげて・・・とはまさにこういう事かな
まずは自分の中の怒りを解消し
(まだ悔しいけど!)
(ちょっとまだ怒ってるけど!)
戦争で家族を殺された人に比べたら、
簡単にできる・・・
今から電話して謝ってみます
私の歓迎会を開いてくれました。
病院のドクター、ナース、理学療法士、受付係、門番、ドライバー、総勢約80人がレストランに集まりました。
みんなここぞとばかりにお洒落をしてきました。
閉じ込められいているガザの人々にとっては、このような集まりは滅多にない貴重な生活の変化なのでしょう。
食事が始まったと思ったら、すぐにも音楽が流れはじめました。
普段からムードメーカーであろう数人のスタッフ達がチラホラ立ち上がって踊りはじめ、あちこちで歓声が飛び交い・・・
と思ったら数分のうちに半数のスタッフが食事そっちのけで踊りを始めてしまいました。私も当然踊りの輪の中に引っ張られ・・・
歌声、音楽、歓声、みんな子供のように夢中で笑って踊ってる
楽しそう
幸せそう
人間だ・・・
あー、この姿人間だ、と思いました
同時に私の魂が揺さぶられて
自然に涙が溢れてきた
私と同じ
日本に住む私の家族と同じ、友達と同じ
私自身も、私の知ってるどの日本人も、
私の知ってるどの国の人も
同じようにみんなで集まっては楽しく笑って時を過ごす
イスラエル軍はこの楽しく踊るパレスチナ人の姿を見て、どう思うのだろう
それでも銃を向ける?
私が見てきたどの国の一般市民も平和を願い、家族を、仲間を愛し、戦争を心から悲しむ人間たちでした
ガザも全く例外ではありませんでした
病院のドクター、ナース、理学療法士、受付係、門番、ドライバー、総勢約80人がレストランに集まりました。
みんなここぞとばかりにお洒落をしてきました。
閉じ込められいているガザの人々にとっては、このような集まりは滅多にない貴重な生活の変化なのでしょう。
食事が始まったと思ったら、すぐにも音楽が流れはじめました。
普段からムードメーカーであろう数人のスタッフ達がチラホラ立ち上がって踊りはじめ、あちこちで歓声が飛び交い・・・
と思ったら数分のうちに半数のスタッフが食事そっちのけで踊りを始めてしまいました。私も当然踊りの輪の中に引っ張られ・・・
歌声、音楽、歓声、みんな子供のように夢中で笑って踊ってる
楽しそう
幸せそう
人間だ・・・
あー、この姿人間だ、と思いました
同時に私の魂が揺さぶられて
自然に涙が溢れてきた
私と同じ
日本に住む私の家族と同じ、友達と同じ
私自身も、私の知ってるどの日本人も、
私の知ってるどの国の人も
同じようにみんなで集まっては楽しく笑って時を過ごす
イスラエル軍はこの楽しく踊るパレスチナ人の姿を見て、どう思うのだろう
それでも銃を向ける?
私が見てきたどの国の一般市民も平和を願い、家族を、仲間を愛し、戦争を心から悲しむ人間たちでした
ガザも全く例外ではありませんでした
今朝すごい衝撃でベッドから飛び起きました。
4時50分
きた・・・イスラエルからの攻撃だ
わたし到着まだ3日目なのに・・・
瞬間的に避難準備へ
ところが・・・
誰も何も騒がない。
外からは叫び声もなければ、宿舎内も静か。こんなときチームリーダーから通常出される行動指示もこない
何事もなかった・・・のか??
ほんとに???
とりあえず部屋でじっとしていたら、本当に何もなかったと思えてきました。
8時になりクリニックに出勤。
私が今回の派遣で3か月、看護師長として勤める仕事場。
まだ赴任してきたばかりということもあり、出勤するなり地元パレスチナのスタッフたちが我先にと私に寄って歓迎してくれる。
朝のコーヒーをみんなで一緒に飲みながら交流をかわし、それぞれの部署を訪問、その後オフィスに移り、そこでもスタッフ達と交流を交わしながらなんだかんだ半日が経過・・・
昼休み
ネットニュースをチェックしていたら今朝の衝撃音はやはりイスラエルからの攻撃だった事が分かりました。
情報によると1日の元日にガザから複数ロケットがイスラエル南部に発射され、その報復とみられるロケット攻撃が4発飛んできたと
私が何よりも信じられないのが
このことを誰も何も騒がないし話さない
(話すまでもない・・・?)
生まれたときからこうだから??
たったの4発なんて何もなかったことと同じ?
私が他の国々で経験している空爆は、みんなが反応して情報分析して避難準備して・・・
ガザに住む人々・・・
ガザに追いやられ封鎖されてしまっている人々
私は想像をはるかに超えたとてつもない場所に呼ばれてきたのかもしれません
4時50分
きた・・・イスラエルからの攻撃だ
わたし到着まだ3日目なのに・・・
瞬間的に避難準備へ
ところが・・・
誰も何も騒がない。
外からは叫び声もなければ、宿舎内も静か。こんなときチームリーダーから通常出される行動指示もこない
何事もなかった・・・のか??
ほんとに???
とりあえず部屋でじっとしていたら、本当に何もなかったと思えてきました。
8時になりクリニックに出勤。
私が今回の派遣で3か月、看護師長として勤める仕事場。
まだ赴任してきたばかりということもあり、出勤するなり地元パレスチナのスタッフたちが我先にと私に寄って歓迎してくれる。
朝のコーヒーをみんなで一緒に飲みながら交流をかわし、それぞれの部署を訪問、その後オフィスに移り、そこでもスタッフ達と交流を交わしながらなんだかんだ半日が経過・・・
昼休み
ネットニュースをチェックしていたら今朝の衝撃音はやはりイスラエルからの攻撃だった事が分かりました。
情報によると1日の元日にガザから複数ロケットがイスラエル南部に発射され、その報復とみられるロケット攻撃が4発飛んできたと
私が何よりも信じられないのが
このことを誰も何も騒がないし話さない
(話すまでもない・・・?)
生まれたときからこうだから??
たったの4発なんて何もなかったことと同じ?
私が他の国々で経験している空爆は、みんなが反応して情報分析して避難準備して・・・
ガザに住む人々・・・
ガザに追いやられ封鎖されてしまっている人々
私は想像をはるかに超えたとてつもない場所に呼ばれてきたのかもしれません
はじめまして。
私の10回目の海外派遣を記念して今日からブログを始めます。
私は国際的な医療人道援助団体で活動を続け2016年に入り6年目を迎えました。
現在パレスチナのガザで活動中です。といっても到着したのは昨日。
派遣10回目という節目にガザのオファーがきたのは神様が巡り合わせてくれたと思えてなりません。
私はこの「世界一の巨大な監獄」をどうしてもこの目で見たかった。
イスラエルによって狭い地域を壁やフェンスで封鎖され、一生そこから出られないガザ地区のパレスチナ人たち。海岸から逃れればイスラエル軍に撃たれてしまう。
これまで私は中東・アフリカ・南アジアの数々の紛争地で活動してきました。
どこの紛争地に行っても空爆や銃撃に巻き込まれ大変な怪我を負って運び込まれてくる一般市民たち。
どうしたら戦争はなくなるのだろう、誰がこの空爆を止めてくれるのだろう・・・
私が出会ったどの国の一般市民も、心から家族や友人を愛し、戦争を悲しみ、そして心から平和を願っていました。
毎日毎日救出・治療しながら自分の行ってる医療活動では戦争は止められないことにジレンマを感じる日々。
ガザはイスラエル軍の壁越し空爆さえなければ血を流すことはないでしょう。
でも生き残っている人々の心の流血は?
徹底した封鎖の中で貧困に打ちのめされ、これまで何回も繰り返されてきているイスラエルからの空爆に怯えながら生活するパレスチナの人々。
一体どんな思いを抱えて生き抜いているのだろう。
私は看護師として、でもその前に地球に生きる同じ人間としてガザに住む人々に接したい。私がガザで何を見て、同じ人間として何を感じるのか。
このブログでは現在進行中の活動と共に、過去の紛争地医療での経験をシェアしていきながら、戦争・暴力では何も解決しないことを訴えていきたいと思います。
私の10回目の海外派遣を記念して今日からブログを始めます。
私は国際的な医療人道援助団体で活動を続け2016年に入り6年目を迎えました。
現在パレスチナのガザで活動中です。といっても到着したのは昨日。
派遣10回目という節目にガザのオファーがきたのは神様が巡り合わせてくれたと思えてなりません。
私はこの「世界一の巨大な監獄」をどうしてもこの目で見たかった。
イスラエルによって狭い地域を壁やフェンスで封鎖され、一生そこから出られないガザ地区のパレスチナ人たち。海岸から逃れればイスラエル軍に撃たれてしまう。
これまで私は中東・アフリカ・南アジアの数々の紛争地で活動してきました。
どこの紛争地に行っても空爆や銃撃に巻き込まれ大変な怪我を負って運び込まれてくる一般市民たち。
どうしたら戦争はなくなるのだろう、誰がこの空爆を止めてくれるのだろう・・・
私が出会ったどの国の一般市民も、心から家族や友人を愛し、戦争を悲しみ、そして心から平和を願っていました。
毎日毎日救出・治療しながら自分の行ってる医療活動では戦争は止められないことにジレンマを感じる日々。
ガザはイスラエル軍の壁越し空爆さえなければ血を流すことはないでしょう。
でも生き残っている人々の心の流血は?
徹底した封鎖の中で貧困に打ちのめされ、これまで何回も繰り返されてきているイスラエルからの空爆に怯えながら生活するパレスチナの人々。
一体どんな思いを抱えて生き抜いているのだろう。
私は看護師として、でもその前に地球に生きる同じ人間としてガザに住む人々に接したい。私がガザで何を見て、同じ人間として何を感じるのか。
このブログでは現在進行中の活動と共に、過去の紛争地医療での経験をシェアしていきながら、戦争・暴力では何も解決しないことを訴えていきたいと思います。
