8月28日、安倍首相が持病の悪化を
理由に辞任表明の会見が行われた。
その持病は、潰瘍性大腸炎。
私も同じ病気を持っている。
そのニュースを観て、
他人事でなく何とも言えない気持ちとなり
5年前を思い出した。
2015年5月、潰瘍性大腸炎と診断された。
この半年前から兆候があり、一時的な症状としてそのままにしていた。
しかし、月日が経つにつれ、お腹の違和感から始まり、粘液状の血便、激しい腹痛に侵されるようになった。
日に日にトイレの回数が増え、一日のうちでトイレで過ごすほうが多くなった。
動くことも立ってることすらできなくなり、仕事にも行けなくなり、仕事どころか日常生活にも影響を及ぼした。
潰瘍性大腸炎は難病であり、大腸に潰瘍ができる病気。
発症原因が明確でないとされている。
症状や程度は人それぞれで治療薬や治療方法も人によって異なる。
私の場合、腸全体に潰瘍ができ重度の状態であった。
当時、特効薬とされていたアサコールを処方されたが、アレルギー体質だったせいもあり、薬が合わず余計に症状が悪化してしまい入院に至った。
入院してからもなかなか自分に適した薬がみつからず、GCAP(顆粒球吸着除去療法)という、
白血球を体外に取り出し、自己を攻撃している
白血球を除去して体内に戻すという治療方法が行われた。
しかし、この治療をしたからと言って必ず治るとは限らないとも言われた。
どの治療方法も試してから効果があるかどうか
で判断され、どれも手探り状態。
入院して10日後、一行に良くなる兆しがなく、
一般病院から大学病院に転院となった。
転院してからも激しい腹痛と下血に加え、高熱が続き、段々と身体が衰弱していき、歩くことも出来なくなった。
そんなある日、主治医からの病状説明があり、
サイトメガロウイルス感染症に罹っていると告げられた。
更に、この感染症はHIVに罹っているの可能性もある為、その検査をするための同意を求められた。
これを告げられた瞬間、ガクンと肩が落ち、
私の人生の結末ってこうなんだ、もうこれで終わりなんだ・・と、目の前が真っ暗になった。
翌日、検査の結果は陰性であり、
静かに胸を撫で下ろした記憶がある。
それからも、感染症の影響で痛みと高熱が続き、
一時は大腸を全摘する寸前にまで至ったが、
ギリギリまで他の治療方法で様子を見ることになった。
その甲斐あって入院して40日が経過した頃から、
出血や腹痛が治まり、回復の兆しが見え出した。
徐々に食事も始まり、白いご飯が出た時には涙があふれた。
そして、約50日間の入院生活を終えることができた。
でも、ここからがこの病気との付き合いの始り。
寛解しても完治はしない。
再燃のリスクは大いにあり、何が原因するのかは分からないが、大きな引き金になるのはストレスと言われた。
退院後の内服はロイケリンが処方され、
症状も落ち着き、元の状態に戻っていったが、
今度はその薬の副作用で肝臓の数値が上がり、
このままでは肝硬変になる恐れがあり、この薬も中止となってしまった。
そして、内服以外の手段として、点滴通院若しくは自己注射をしていく方向となり、まずは内視鏡検査をした結果で最終決定をされることとなった。
内視鏡検査の結果、なんと、大腸の状態が見違えるほど良くなっていた。
以前は黒くただれ、潰瘍だらけで出血していた大腸が、潰瘍の跡が残ってはいるものの、出血もなく綺麗なピンク色になっていた。
この結果、点滴や注射は見送られた。
あれから5年、これまで一度だけ再燃しかけたことはあるが大事には至らず、今では内服なしで寛解状態が続いている。
この状態はなかなか数少ない症例のようで主治医も驚いている。
でも、いつ、再燃するか分からない病気。
再燃してからでは遅い。
再燃したら治る見通しがつかない病気。
安倍首相の会見を通じて、
ある人が「治療しながら任務できないのか」と、
言った言葉を聞いて、
私も当時の上司に同じようなこと言われたのを思い出した。
それができたら辞めないし、
それができない病気。
この世の中、もっともっと重くて辛い病気で苦しんでいる人がたくさんいる中、私は有難いことに奇跡的に元通りの日常生活を取り戻せたが、
その会見での心無い一言に胸が痛くなった。
同じ病気を持つ一人として、
この会見は当時を思い出し、考えさせられるものとなった。
私は今、何事もなく普通の日常生活を送られていることに感謝し、安倍首相を始め、病気で闘っている多くの方々に一日も早い回復をお祈りいたします。