「経験値として、高い所も走っとかなきゃなぁ」と、OSJおんスカを狙っていたが、承認がエントリーに間に合わなかった為、偶然見つけた志賀高原の「究極三角」にエントリ。過去のOSJにて、志賀高原にはちょっとしたトラウマがあるが、まぁ、適当な気持ちで参加してきた。

前日(8/29)

盆明け(飲みまくり)から出張(連日接待)に繋がり、レース前1週間も溜まった仕事の処理に追われ、何となくキレの悪い感じで、直前まで来てしまった。準備もままならない為、4時起きでせっせと準備をする。ある程度のレースプランは組んでいたので、それに合わせてアレやコレやをパッキング。

磁器異常でキャッシュカード・クレジットカードが全滅しているので、限りある手持ち現金をセーブすべく、大量の飯も炊いて大量のおにぎり、おにぎり、おにぎり。それでも心配だと、いつの日かUTMBに参加することを目標に貯めていた500円貯金をOPEN。奇しくもUTMBの開催と同じ日に開けてしまうとは、。

大阪駅8:00集合だが、通期ラッシュに巻き込まれちゃかなわんと、6:00に出発。娘爆睡。嫁さんと犬は見送ってくれた。行ってきます。

プロント(プレモル飲みたい。)でちょっと時間をつぶしてから、大阪駅Mont-Bell前集合。
今回の同行は、O田さん、Y井さん、Y子さん。O田さん、Y井さん、は初対面。Y子さんともROLLOUTで知り合った程度で、今回は半ば強引に「乗せてくれ」依頼。いやぁ、ありがとうございます。車内で自分が何者かなんて話をしながら、志賀高原を目指す。

休憩や買物とかも挟んで、7hrほどで会場に到着。肌寒い。ソフトシェル羽織ってちょうど良い。必携品であった“毒抜き”を1000円で購入するも、装備チェック対象ではなかった。(うむぅ、限りある現金を、、、、。)レースで補給するジェル10個とInjinjiの5本指ソックス購入。これでレース準備は完了。説明会まで時間があるので、周辺をフラフラプラプラ。知り合いにも合わないし、暇。まーひー。

説明会開始。主催責任者のおーつかさんとプロデューサーのヤマダタクヤプロが、コースのポイント説明。一言で言うと、“超々難コースです”と。説明会を終え、明るい内にホテルに向かう。会場から少し離れた発哺温泉界隈が今回のベース。季節的なものなのか、人の気配がない温泉。。宿も貸切の様子で、正直ブキミちゃん。。

温泉に入ってから、3人でコースコンディションや装備の相談をしながら、準備を進める。この処、装備が研ぎ澄まされてきているので、準備に悩まないし、時間も大して掛からない。晩飯食いながら準備を完了して、早々に就寝。21:00前かな。

当日(8/30) スタート前~スタート~A1

2:00起床。ボケーッとした状態で、とりあえず食い物を胃に突っ込む。眠い。勝負服に着替える。(大)は出なかった。
3:00に会場へ移動。雨はポツリポツリ降ってるが、思ったほど寒くない。アップにジョグと流しを数本。スタートには遅めに並んだが、前の方がガラガラだったので、3列目くらいに陣取れた。ここでようやく知り合いのT坂くんを発見。レースの予想なんてしながら、互いの健闘を祈る。T坂くんや招待選手の恰好を見て、スタート2分前に急遽ソフトシェル装着。定刻通り4:00に一斉スタート。

スタート後スキー場が続くのかと思ったので、渋滞はしないと予想していたが、周りがかなりのスピードをキープしている為、渋滞区間があると予想。かなりのオーバーペースに、標高も加勢して、早くも息が上がる。予想通り300m程でスキー場を外れ、岩石ゴロゴロの未舗装路へ、。停滞こそしないが列が出来る。そのままグッチャグッチャのチョコレートゾーンで早くも全身泥だらけ。しかも!!開始5kmほどで倒木を跨いだ際、『ビリビリビリッ』っと嫌な音。足元をライトで照らすと、泥だらけで分かりにくいが、右足のアッパーが15cm程破れている。「マジか、ここで終わりか?」と、心配になったが、2重構造だった為、走りには問題なさそう。内側が破れる可能性はあるが、取敢えず行けるとこまで行こう。

恐らく20番目くらい?TOPはもう見えない。「まぁ、打倒だわな」 足元は早くも泥濘で、前後に挟まれてる為、ペースが乱される。「はやく集団がバラけて欲しい。」 取敢えず、8km地点の赤石山までハアハア言いながら頑張った。さすがにここまで来たら、前後ベタ付って状況も緩和されて、ある程度の車間距離が出来る。こっからは標高2000を越えてくるので、無理せずに進む。守りの時間帯。ここに来ても前後に結構人が多くて、入れ替わりも頻繁なのには、参加者のレベルの高さを感じた。

まだ10km地点くらいなのに、とてもシンドい。。走って登れそうな斜度でも歩いてしまう。「なにこれ、。今日調子悪いんか。この時点でこの状態じゃ完走難しいな。」 そうこうしていると、今回最高の岩菅山への岩登り区間。ペースを落としたつもりはないけど、後続にズカズカ抜かれる。その中に、憧れのC春選手。「前にいるのかと、」と声を掛けると、『なぁに、まだまだ長いよ~。』と返してくれた。この言葉で少し楽になった。「そうかそうか、標高高いし、必要以上に頑張る必要はない。まずは安全にA1に下りて、その後勝負で良いではないか。」

そこからは、歩きも混ぜながら進む。下りは所々スリップ箇所があり、何度か転ぶ。(この時は、まだ先のスリップ地獄を知らない。)途中、両手両足を使う岩登りもあり、両サイド崖の痩尾根もあり、しかも雨降ってて滑り易いという恐怖。でも、そんな場所に健気に咲いている高山竜胆があり癒される。余談ですが、竜胆は私が一番好きな花です。身体も温まり、前後も張り付いているので、単独になろうと試みる。

が、コース上のスタッフより、「こっから激下りでーす。気を付けてー。」 後ろの選手からも「ここが一番の難所ですよ」と。どんなもんじゃ、と思っていたら、なるほど通常の階段を3倍くらいした斜度が、Perfectな泥濘で一切足が引っかからない。着地⇒スリップ⇒身体毎3m滑る。の繰り返し。靴のせいかと思ったが、いやこれは装備の差が出るレベルを超えている。左足が引っかかったまま、身体が滑り落ちて、関節技が決まった。咄嗟に「ヤバい」と思ったが、何とか一瞬の痛みで収まり、事なきを得た。

この下り、途中から尻で滑る方が早いとわかり。スライダー状に滑って行く。10mほど止まれない箇所もあり、滑落の可能性に冷や汗した。たまに斜度が緩くなってスピードを上げても、トラップが潜んでおり、つるり⇒ズデーン。一回は背中を強打し、一瞬呼吸が止まった。全然気を抜けない長い泥スライダーを抜け、何とかA1に到着。苦手な下りだけど、このコンディションでは差が出にくいのか、3人くらいに抜かれたくらい。ラッキーだった。

当日(8/30) A1~A2

A1(25.8km)ではキッチリ5分滞在予定。パックもベルトも下して、体制の立て直し。エイドが2箇所だけなので、補給も胃袋に詰め込む。コーラ・アクエリ・まんじゅう・バナナ・トマトジュース、兎に角詰め込んで、A1出発。そういえば10kmくらいで感じた身体のダルさは無くなって、凄く軽かった。酸素って重要なんだな、と認識。

ここからは走れる区間があり、標高も低いので、自分は差を付ける勝負処と予定していた。林道への門を抜けるとフラットな道。これはイケる、と片方のボトルの水を捨てる。快調に飛ばすと1kmにも行かないとこで、スタッフに『右でーす』と導かれ林道を外れる。吊り橋を渡るとそこは結構な上り区間だった。ガッデム。水捨てちまった。どこがフラット区間だ。しかも長い、何度も切り返して上る。標高が低いので足は進むが、フラットだと思っていた心身には堪える。

何とかかんとか登り切ったら、ここがフラット区間の始まりとのこと。「一本取られたよ。」 気を取り直して、ギアチェンジ。途中、沢で水を補給しながらも、最速5分/km切るペースでフラットを駆ける。たくさん抜けるかと思ったが、上げれた順位は2つ。フラット区間は思いの外短く、すぐに上りに入ってしまった。ここでの貯金を守らなければ。

コース上最大標高差の登り。700mくらい?六甲山急登くらいかなと適当なイメージをして、足の回転数を落とさないように走る。斜度が緩んだら少しでも走る。恐らくA2以降2000mクラスに入るとまた走れなくなるだろうから、今ここでコツコツと稼ぐしかない。終わらない登り。頂上かと思うと、また次の登り。メンタルにも効く。そして、見えない後りからのプレッシャー。でも、「後ろ来るな」と弱気になった前回とは違い、今回は前を向いていた。良い調子を落とさずに頂上らしきところに出た。A2まで細かなアップダウンが続くが、路面も悪く、倒木だらけで、走れない。

A2近くになった場所にヤマダタクヤプロがいた。『良い感じ良い感じ。今、10位!』 「えっ!?そんな前っすか」 予想外の順位。と共に勝負区間を終えてもシングルに入れないか、と実力を痛感。その後も、走りにくいアップダウンを越えて、A2に到着。

当日(8/30) A2~ゴール

A2(42.1km)でも5分滞在予定。お目当ての“おやき”が無い。仕方なくしゃり玉を大量に食べる。というか飲む!流し込む!一人前走の方が、頭を倒木で切ったらしい。確かに自分も何度か頭打った。一緒にA2を出て、『ゆっくり行きます』との事だが、めっちゃ早かった。登りですぐに見えなくなった。

ここからは400mくらいのアップダウンが何回か、その間にも短いアップダウンがあるような最後の難関。ヤマダタクヤプロも『ここがエクストリームたる所以』という程。ここに来ては、もう何も仕掛けることは出来ない。精一杯登って、精一杯下って、精一杯走る。後ろからのプレッシャーもあるが、今は先ほど見えなくなった前走に追いつきたい。

相変わらずスリッピ―な足元は続く。思えばここはその昔OSJ志賀野反でどしゃぶりの中を走ったコース(逆だけど)。あの時のトラウマが蘇り、コース上にある水溜りは何故か避けてしまう。もうずぶ濡れなので、濡れてでもまっすぐ走った方が良いのだが、身体が、脳が避けてしまう。。。あの土砂降りのレース、コース上には水溜りが大量にあった。何も知らない私は、「水溜りなんてせいぜい深さ5cm、土が削られてても10cmくらいっしょ」と思っていたが、ある水溜りでズボリと太ももまで落ち、手を付いたが、手は空をつかむように泥に埋まり、そのまま顔面から泥に突っ込んだ。それが何度も繰り返す。「志賀のトレイルはもう良い」と思っていたのに、今ここにいる。

一心不乱に上り下りを繰り替えす。相変わらず後ろからのプレッシャーはあるが、前に追いつく気配はない。人の事は考えてもしょうがない。今出来ることは、なるべく早いピッチで上ること。それだけに集中した。地図上で頭に入っていた“ダン沢の頭”。「ダン沢の頭って任侠の親分みたい」と思ってから、そこに着くまで、「かしらぁ~、だんざわのかしらぁ~。かしらぁ~、どこっすかぁ~。」って叫びながら進んだ。“ダン沢の頭”に着いてからは、黙って走った。

もう良くなることは期待していない泥コースを進み、急登りに差しかかる。時間・距離からして恐らくこれは赤石山への登り。やっとここまで戻ってきた。登り切ったとこのスタッフに「ここは何?」と妙な質問をして、『赤石です。残り8km。』と返ってきた時は、一瞬ホッとしたが、8kmってことはまだ1hrくらい掛かる、とすぐに冷静になった。

赤石頂上のスタッフの鳴らす、“カランカラン”という鈴の音で、後続を確認する。少なくとも5分くらいには後続はなさそう。しかし、C春さんは最後でも来る。5分くらい8kmで簡単に詰められるとふんどしを締め直して、下りに突入。

勿論、往路に戻るということは500人が踏んできた道に戻るということ。最後の最後でコース上で最高の泥濘地帯が出来上がっていた。往路とは全く様子の違うコース。スパートを掛けたいが、足が取られて全然走れない。そうこうしてると、表示が出てきた。残り3km。ほぼフラットな区間。走る脚は全然残ってるので、きちっと走れる。あっという間に残り2km。調子に乗っていると、つるんっと滑って、尻を強打。最後まで油断ならんコースじゃ。残り1km。順位は確定かな。。疲れた。スキー場に出てきた時の感覚は、暗い洞窟から出てきた時のような爽快感に似てた。綺麗な芝生のスキー場を駆け下り、10時間49分の長旅を終えた。

当日(8/30) ゴール後

まだゴール地点にいた上位の方としばし懇談。C春さんもゴール。やはり迫っていた。続いてXTERRAでも有名なO原さんもゴール。ゴール後の、この懇談の場が憧れの場。とはいえ、懇談するにも濡れた身体に志賀高原の風は冷たい。きのこ汁を頂いた後、早々に受付会場のホテルに向かい、風呂に入った。天国だ。体中ひっかき傷だらけ。風呂上りに気が付いたが、踵は深く切れて、血がダラダラ出ていた。が、そんなことどうでも良い。終わった終わった。

アイシングは風邪ひきそうなので省略し、アイスラブを脚全体に塗りこむ。手持ちの食料を胃袋に詰め込んで、アミノ酸も摂取し、リカバリに励む為、車内で仮眠。身体と脳がまだ興奮してるけど、知らぬ間に眠っていた。1hrほど寝た後、暇つぶしにゴール見物に行く。自分のゴールから2hrほど経っているが、まだトータル50人ほどしかゴールしてないのだそう。

女子トップがゴールし、その後の女子2位を見届けた後、ホテルに戻ろうとすると、コースの遠くに青い姿が見えた。「確かO田さんもY井さんも青いウェアだったな」と思い、ゴールに引き返すと、ゼッケン番号を確認したMCが「O田さんがゴールです」と告げる。「おお、なんて62歳だ。俺の親父が13時間半で走ってるようなもんぞ。」 確かにO田さんだった。疲れと安堵の両方を顔に浮かべ、腰を下ろした。。。お疲れ様です。そして、おめでとうございます。

それからO田さんとあぁだこぅだ話ながら、Y井さんとY子さんを待つ。18:00頃になると雷が鳴り、激しい雨が降り出した。「今まだ走ってる人は大変だ。」 うつらうつらしながら、ホテル外の足洗い場を何度も見に行く。20:00頃、足洗い場から笑顔で手を振るY井さん発見。「お疲れ様です。」寒さに震えてる。話は後で、。まず風呂入ってください!

そこからY子さんを待った。リタイアした、と連絡が無いということは、A2を出てここに向かって走っているということ。この夜間に、この雨の中、あのコンディションの中を走っているかと考えると、何とスゴい根性の持ち主なんだろうと思った。3人ともに、自分だったらA2で止めてると口を揃えた。御二方は少し眠そうだったので、自分はフラフラした。夜でかつ雨も振っているので、本当に無目的にフラフラした。

制限時間24:00が迫ってきた。Y井さんと一緒にゴールを見に行った。制限時間直前に多くのランナーが掛け込む。皆、まるで優勝したかのように両腕を上げて喜ぶ。とても良い光景を見れた。が、Y子さんはまだ頑張っている模様。時間内完走は出来なかったが、帰還する姿は見てあげたい。そう思い25:00まで待ち、26:00まで待ったが、これ以上は明日の運転に支障が出ると判断し、スタッフにY子さんへの言伝をお願いして、宿に戻った。そして、宿に戻った瞬間に布団に潜り、一瞬で意識を失った。

27:00頃、携帯が鳴った。Y子さんがゴールしたとのこと。宿まではスタッフが送迎してくれるそうなので、そのまま睡眠の続きを楽しんだが、よくよく考えると、Y子さんは23時間もコース上に居た事に感心した。4:00近くだったとお思うが、無事4人とも帰還を果たし、レース当日は終わった。

翌日(8/31) 表彰式

20代3位にT坂くん。連戦の疲れもあり、直前の食中毒もある中で、年代入賞を押えてくるあたり侮り難い。
30代2位に私。棚ボタ感はイナめないが、それでも作戦通りには進めたし、地味ながらコツコツチマチマと時間を稼いだ結果。欲しかったベスト型パックを貰った。ラッキー。
50歳以上3位にO田さん。1位2位が式に不参加だったため、O田さんワンマンライブ状態。式一番の盛り上がりを見せた。しっかし、スゴイおじさんだ。
総合1~3位は何と9時間台。TOPは9時間半も切っている。一時間以上も差があるとは、んんんん、今回の結果に満足してはダメだ。