【吉弘鎮種】弐斎藤鎮実の妹?娘?を正室として迎えることが決まった後、度重なる戦で婚儀が伸び伸びとなり、そうこうしてるうちに鎮実の妹?娘?は疱瘡に罹ってしまい、容貌が悪くなってしまった。このため、鎮実は婚約を断ってきたが、「私は彼女の容姿に惚れて婚約を決めたのではない、心の優しさなど内面に惹かれて婚約を決めたのだから、容姿が変わろうとも問題はない」と、そのまま妻として迎え、その仲睦まじく、四子を儲け、家臣からも母のように慕われた。
【吉弘弥七郎鎮理】壱「道雪殿を実の父と思って慕うように」「今後、わしを親だと思うな。敵味方になろうものなら、この脇差備前長光でわしを討ち取れ」「もしお前が不覚を取って道雪殿から義絶されても、帰ってはならない」
【治部少輔】源平合戦の時代に木曾義仲を打ち取った石田次郎為久という武将が用いていたものを三成が気に入って使ったもの。大は天下の意味で、『一人が万民のために、万民は一人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる』