『実践理性批判』実践的道徳の能力を考察
人間は生物としての自然な側面を持つ限り、様々な感情をもつが、
ただ衝動や欲望のままにふるまっているわけではない。
自分の欲求を満たすために友人を裏切ったり、人を傷つけた場合には、
心の中で良心の声が「そうするべきではない」と呼びかけてくる。

「人として善く生きよ」と呼びかけてくる良心の声こそ、実践理性の声。


実践理性
「こうしたい」という自然な欲望に対して、「こうするべきだ」という
義務の命令の形で自分自身に呼びかけてくる。


イエス「汝の隣人を愛せ」
その人が好きだから愛するという感情ではなく、人として愛するべきだという義務を
命じるものであり、理性に基づく人間愛を説く。

理性の命じる気味に従った行動のみが、道徳的な価値をもつ



理性の命令
・「成功したければうそをつくな」という目的を達成するための手段を命じる
 条件付きの仮言命令(命法)
 目的を達成する方法を教える技術的・処世的な名言
・他の目的をもたず、いかなる場合でも、無条件で「~せよ」と命じる定言命令(命法)

理性の命じる道徳的法則は、いかなる場合も、
無条件に善い行為をせよと命じる定言命令の形をとる。


理性の声に基づいて善をなそうとする人間の善意志のみが、無条件に善いものである


才能、財産、名声などは、ある目的を達成するための手段として有用なのであり、
善意志によって使用される時にはじめて善いものになる。


「汝の意志の格率(個人的な行動ルール)が、
常に同時に普遍的立法の原理(普遍的な法則の原理)になるように行動せよ

⇒人は誰でも自分なりの行動ルール(格率)をもっている。
それが自分だけでなく、全ての人にも通用する普遍的法則になるよう行動せよ。