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しろにくのブログ

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急にブログの方向性というか、内容が変わるけど、とりあえず当ブログは趣味的なやつをいろいろと取り上げていきます、という趣旨でやってて、まあとにかく映画批評などやってみたいなと思ったので、つらつらと書いてみました。

映画を見ていて感情が動かされて、その勢いで書きました。それなりにへこんで、しかも批評なんて初めてで、乱筆にて失礼。

でも書いてみたかった。

これって情報発信になるのだろうか。



確か昔にも見た記憶があるんだけど、全く覚えてなくて。とある映画の紹介で取り上げられていて、興味をそそられてレンタルしました。

んで、見始めて、なんか既視感があって、「主題歌は知ってるし、そのせいかな」とか思いながら見進めてたら、岩舟の駅名で、過去に見たことがあるのを思い出しました。

なんで覚えてなかったんだろう?

記憶を抹消したかな?


んで、とりあえず総評ですが、

「生まれ変わったら、もっと恋したい」

って感じです。


全体を通して、共感できない内容でした。

感情が湧いてこなかった。

湧いてこない自分を見て、へこみました。

中高生の好きとか、よく分からん。

感性の乏しい中学や高校時代を過ごしていたのだということを、作品を通して感じました。


改めて言います。

生まれ変わったら、もっと恋をしたい。


以下は読まなくて構いません。自らの振り返りです。

人によっては不快な内容です。

読んで不快になられても、責任は負えません。

あともし読んでも拡散とかはやめてね。恥ずかしいから。

僕にとっての恋とは、セッ○スと直結するもので、好きになるとは、その人に対する卑猥な妄想で頭を一杯にすることであり、いつもまずは性的興奮が好きの前提として存在していました。

好きになることは「こころ」を動かすことであり、それは必ずしもセッ○スによるものではないのだと、今になって知りました。

とはいえ、それに気づいた今でも、好きとセックスは直結していて、その呪縛は解けません。

5歳くらいで父親の隠し持っていたエロ本を見て、文字は読めないけどなんだか股間がむずむずしたのが僕の性への目覚めでした。この時振り返るに、僕は勃○していたように思います。勃○した股間をいじると気持ちいいことを発見し、6歳くらいには、精子は出ないけどオ○ニーを日常的に行っていました。出ない分終わりがないから隙あらばずっとやってる感じ。登園してもやってましたから、恐らく幼稚園の先生とか気づいていたんじゃないかなと。分かんないけど。小学校に上がっても、(精○は出ないけど)授業中にオ○ニーをしているような、そんなオ○ニー脳の持ち主ですから、恋をすることがセッ○スすることと同義語になっていて、それが修正できない。だって気持ちいいんですもの。ちゃんとしたセッ○スの行為内容を知ったのは小6くらいだったと思いますが、とにかくオ○ニーがこれだけ気持ちいいのだから、セッ○スなんてどれだけ気持ちいいのだろうか、と濃い期待を抱きつつ、日々こすってました。

僕が初めて読んだ父のエロ漫画に描かれている人たちは、好きになるか否かのタイミングでセッ○スしていたり、なんだったら好きの前にセッ○スが行われていました。てかなんなら好きという感情さえないセッ○スもあった。

それをみて、僕はセッ○スとか愛は同義か、もしくはセッ○スの方が愛を包括する、つまりセッ○スが前提で愛が成立するのだと確信していました。

非常に片寄った情報から、好きの前にセッ○スがあるのがごく自然なことなんだと、幼少期にてすでに思考が確立し、今でも好きという感情の手前らへんに、性欲があります。今思えば、何たる稚拙、何たるアホかと思いますが、エロが僕の世界の全てであった、というか今でも全てに近いと思います。

こころが動くというのは、僕にとってはまさに勃○するということなのです。抽象的な表現でもなんでもなく、子供の頃、僕はまさに好きな人をみると条件反射のように勃○していました。

自分がエロに目覚めたことを知った両親からエロ本を見ることを禁止されたため、小学生くらいの頃には、外に自分のエロ思考を出すことはタブーだと把握していましたが、恐らく僕はエロ思考を隠しきれずに出していたと思います。ちなみに隠れオ○ニーがばれて、僕は一躍クラスのお騒がせものになりました。あまりにも辛い記憶で、オ○ニー事件の騒ぎがどうなって収束したか、全く覚えていません。なんかその一年後くらいにはすでに普通にしていた記憶があります。そのときのことで唯一思い出せるのは、事件発生直後、同級生が囃し立てる中で、僕は狼狽し、取り乱して泣き、行き場をなくして助けを求め、先生の机の方に歩み寄ろうとしたのですが、そのときの先生の今まで見たことのないような困惑したような、怒ったような顔を見て、「あ、頼れないんだ」と感じ、女子が数人、気持ち悪そうな、怖がっているような表情で先生の後ろに隠れている姿が目に入って、「人生終了?」と世界が壊れる感じがしました。

そのあとどうなったか全然覚えてません。

でも家に帰って、ちゃんと風呂に入って飯も食ったのでしょう、そして次の日も学校に行ったのでしょう。覚えてないけど。

あの先生の顔とか、女子の顔は、思い出すシーンですね。インパクト強めでした。思い出すときはだいたいそのあと沈みます。

ちなみに今でもその事件のことが話題に出たらどうしたらいいか分からないので、怖くて同級生とは会うことが出来ません。

不思議なもので、こんな僕でも友達と遊んだ記憶もそれなりにあるのです。子供って柔軟だよね。あ、でもその人たちは僕のことを友達とは思ってなかったんだろうなー。子供時代のことは都合のよい記憶の方が多いけど、そんな僕でも記憶をたどると「嫌われてたんだろうな」という出来事をいくつか思い出します。


この映画は否が応でも、僕の拗らせた幼少期から思春期を思い起こしてくれます。いや、拗らせたという言葉では上手く表現できてないか。イカれたという言う方が妥当か。

映画を見ていて、自分と主人公の差に吐き気がしました。もうどうやっても埋まらない差。

ちなみに吐いてはないけど映画観賞中に下痢を数回しました。


途中、

「セッ○スできると確信してないと佐野まで行けないわー」

「納屋に泊まるとかもうね、確変ですわ。でも雪降ってるから着衣のままで」

「あのスカートでは、カブ乗ったら丸見えだけど、それがあの子なりのアピール」

などといった思考が、蓋をしても脳の奥から出てくるんすよね。

もうね、言いたかないけど、キチガ○の域だと自分で思ってしまいます。


自我ばかりが肥大した中学高校時代。こんな性的に拗らせた野郎には、誰とも話相手がおらず、僕は僕の頭の中で作った、都合のいい相手と会話をしていました。

エロを背景とした思考は溢れてきて止められない。でも誰も会話しようとしてくれない。

ともすればエロにしか方向性が進まない僕の会話は、最初のうちは珍しいからかみんな色々会話してくれていましたが、そのうち敬遠されるようになり、僕の溢れる思考は行き場をなくしてしまい、自分のコピーと会話することで、なんとか処理していました。

僕の頭の中の話相手は、いつも僕に賛同してくれ、僕は僕の頭の中では無敵でお金持ちで、秀才で、スポーツも万能でした。


振り返ってみて、恋どころではなく、人間として、僕はどこにも進んでいなかったし、今でも進んでいないと思う。

僕は秒速ゼロセンチメートル。

モラトリアムという言葉が僕の存在そのものをよく表している言葉だと思います。僕の人生は死ぬまでモラトリアム。向き合わない。これから本気出す、と死ぬまでいいながら、死ぬ時に後悔する人生でしょう。

なんなら死に向かって進むどころか後退していってます。タイムマシーンに逆に乗る感じ。伝わります?

なにかをやっていても、僕の行動には魂がこもっていない、やっていることは物真似。



映画の話から逸れました。

自分語りって楽しいけど鬱。

すいません。批評って難しい。


とりあえず画がきれい。

さすが新海監督。

あと、種子島なんだと思うけど、雲が低いなと思いました。島らしいって感じ。沖縄いたときにも雲が低いなあって思った記憶がある。

ロケット打ち上げ、一回見てみたい。ロケットが地球を飛び出していくのか、強い意志の象徴みたいな感じで好きです。

安住の地である地球を飛び出して、誰もいない、空気さえない宇宙に、まっすぐに迷うことなく飛び出して行く勇気。

あと、最後の喪失感だけは、主題歌のお陰もあってか、非常によく共感できました。

最後のシーンは、あのメールが送られてきた後なんでしょうね。だとしたら、主人公が潔くて、ちょっといいな、と思いました。もしあの場面で引き返して走って追いかけたりしてたら、うーん…って思ってた。僕なら追いかけちゃう。

でも主題歌的には、ヒロインは死んじゃうんじゃないかと思ってたから、少し戸惑いました。まあそこは修正可能でしたけど。


以上です。

批評って難しいですね。

○多いなー