花神 下2 | WriteBeardのブログ

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花神 下2

中国社会の無力体質は官僚による絶対的中央集権で重大な疾患や腐敗を抱えていても容易に倒れない

朝鮮もその制度を取っている
国号を朝鮮にすべきか和寧にすべきか、明朝に頼み、朝鮮を選んで貰い明の様式に真似た

やがて朝鮮にも西郷のごとき者が出てくる、その西郷と手を握り、中国と同盟して西洋の侵略を防げばいい
征韓論などは愚である
この予想は外れた

朝鮮は自力で革命を起こすことなく、日韓合併により李王朝が終息した

なぜ、アジア三国で、日本のみが明治維新が可能だったか

江戸の将軍家は諸大名の人事権と裁判権を持っていたが、領国の自治権は侵されない

公家の様子が変わった
七卿落ちの後佐幕派が充満した
幕府が長州に敗れたと聞くや、土佐の山内容堂までが、

いつまでも幕府ではないかもしれない、倒幕派への弾圧を緩める一方、

薩摩が時勢に乗じようとしているらしい、その肚探りをせよ、と側近に命じた

さらにはかつて土佐藩を脱藩した坂本、中岡が時勢の中で一勢力を持っていることを知り、藩の重役をして接近せしめるようにした

土佐の容堂公がどう変わるか、大久保利通の関心の一つであった

どうも、おかわりが鈍い
大久保と中村半次郎、後の桐野利秋が祇園を歩いていると、土佐藩の周施方がやってきた

声をかけると、知らぬ顔で行った
土佐の周施方は会津藩と同行していた
薩摩の中村半次郎と親しいとバレたら都合が悪い

中村半次郎とは、人斬り半次郎である

苦しげに空とぼけていたと、大久保は中岡に言った

蔵六は戦後、すべての藩士に新式小銃を持たせる制度を作った
もっぱら年賦で買わせる

私も買うのですか?桂が聞いた
蔵六は返事をしなかった

幕府は老いたりといえ虎である、一旦引っ込んだが挑発すれば怒気を発し再び力を振るうかもしれない

桂の外交は極めて女性的で、
今は戦勝におごってはならない、開戦前、長州は同情された、戦勝で態度を変えれば同情を失うばかりか憎しみを買う

他の藩と連合すれば、江戸まで兵を進めることは可能である
ただし、準備期間は最低五年はいる、蔵六は計算した

しかし歴史は理外の計算をはじいた

桂は蔵六の強気に圧倒された
私ごとき臆病者は、どうも恥じ入らされてしまいます

この時期、慶応二年十二月一橋慶喜が将軍職を継いだ
就いても江戸へ帰らず京都で機敏な動きを見せ始めていた

その胆略は家康以来かもしれぬ、桂は怖れた
慶喜はフランス好きで兵制をフランス式にすることに熱心であった

慶喜以上におそるべき存在が入れ替わるように消えた
慶喜が将軍になって二十日、孝明帝が崩御されたのである

岩倉が毒殺し奉ったのではないか?
と疑われるほど倒幕派に有利だった
が、岩倉は蟄居中で身動きが取れない
仲間の公家を使っても帝を毒殺できなかったであろう

孝明帝の崩御はそのものが弾機になって歴史を旋回させた
帝は幕府びいきで会津好きの長州嫌いであった

おそれながら玄妙すぎる
孝明帝が崩御し幼帝、明治帝が践祚せんそした
長州にとってマイナスとプラスがこもごも起こるうち、高杉晋作が病没するという情念的マイナス事件が起こるのである

蔵六と高杉の付き合いはあっさりしていた
蔵六は中岡と親しかった
手紙の往復も盛んで、むしろ中岡から高杉の人物評を聞いた
蔵六は中岡の識見に心から敬服し高杉以上に買っていた

中岡は堅牢な戦略構想力と現実認識力を持っているという点で奔走家の中で最高と言っていい
ただ坂本に比べ気宇と政治家としての魅力で遜色があった

幕長戦争前、中岡は高杉と問答した
中岡が問う、
近く幕府と戦端を開くが、他藩の助けを望むか?

高杉返答、
天下の向背今更他藩の助けは借りない
不肖、高杉一命ある限りご安心ありたい
古より天下の事をなすは大義をもってモトとし決して人を顧みず断じて志を行い、禍福死生などをかまわぬものである

さらに言う、
もし長州に真の英雄豪傑おれば防長二州を守るを越え六十余州の大本を立てるところであろう
悲しいかな自分を含め真の英雄豪傑はおらぬ、兵弱く防長二州を守れるかどうかがやっとである
しかしながら防長の心は長州を私的なものと思っている、たとえ長州滅びようと天下の肥しになれば本望

この談話をまた聞きしてその志の高さに蔵六は驚愕した

英雄豪傑がおらぬ、とは薩摩と対比してのことであったに違いない
高杉は西郷を嫌い奸物視しついに生涯会わなかった

六十余州の大本を立てることが英雄豪傑であるとすれば、西郷のみがそれができる

慶喜に側近がもう一踏ん張りと勧めた時、幕府に人があるか?西郷、大久保のごとき者がいるか?いまい

雲の上の将軍からも薩摩指導者は恐れられていた

さて、高杉晋作が死ぬ
動けば雷電の如く発すれば風雨の如し
衆目駭然、あえて正視するものなし
これわが東行高杉君にあらずや

伊藤博文が後に書いた碑文である

死の前、愚を学べ
智者の智は及ぶことができる、しかし智者の愚には容易に及ばぬ

この後指揮をたれに仰げばよろしいか?
奇兵隊の幹部が聞いた

晋作は結核だったから意識はしっかりしていた
目を開き、
大村を仰げ、と言った
大村は単なる蟹行かいこうの徒ではない

蟹行とは横文字、蟹のはうような文字だという

蔵六は夜になればひとり酒を飲む
二合徳利をまたぐらに抱き込み豆腐を食っている

村田先生はキンタマで燗をしなさる

どうやらだめらしい、ささやかれたのは三月に入ってからである
奇兵隊の中には身代わりになりたいと神に祈願する者もいた

蔵六は医者だったから再三見舞っている
蔵六が行くと決まって眠っている
最後に行った時は、額と頬骨が飛び出し眼窩が黒ずんで見えた

次室に下がると田中顕助が晋作の詩を写してくれた
近作ですか?
昨日の朝です

君、一朝、檐角軒先にあって残夢をやぶる
二朝、窓前、また吟弄す
三朝四朝、また朝朝
日日来って、わが病痛をなぐさむ
君われに旧親あるにあらず
また寸恩も君が身に及ぶなし
君なんぞ我にかくのごとく厚きや

我素人間不容人
ワレモト人間、人を容レズ
故人昔馴染みは吾を責むるに詭知をもってす
同族は我を目するに放恣をもってす
同族故人なおわれを容れず
しかし君われを容る
果して何の意ぞ
君老梅の枝を去るなかれ
君荒渓のほとりに憩うべし
寒香淡月わが欲するところ
君がために鞭をとって生涯を終わらん
詭知とは機略家の知恵

蔵六は晋作の葬儀の光景を忘れることができない
高杉の葬儀は白石が段取りし、神式であった

高杉の棺を担いだ葬列は夜道を行く
墓地の吉田の清水山まで二十キロゆるゆると歩いた
神道は夜の闇を清らかなものとしている
神体を移す遷宮も夜行われる

葬列は日没後下関を発った
人々がかざす松明が一里ばかり続き、会葬者は数千にのぼった

清水山の山頂に葬る瞬間、死体は神として誕生する

東の山に陽が昇ったとき、神祭は終わった